Vol.006
第三部 エネルギー・国家基盤
電気を「買える国」から「つくれる国」へ
エネルギー自給率15.3%──2035年、日本は「電力安全保障」を国家戦略にできるか
Executive Summary|3分で読む今日の論点
前回Vol.005では「食料安全保障」を取り上げました。今日扱うのは、食料と並んで国家の存立を支えるエネルギーです。
日本のエネルギー自給率は2023年度でわずか15.3%。資源エネルギー庁によればG7で最も低く、一次エネルギー供給の8割以上を海外から輸入する化石燃料に依存しています。Enecho
石油やLNGを安定して購入できる平時には、この構造は大きな問題に見えません。しかし、戦争、海上輸送の寸断、資源価格高騰、円安が重なれば、「海外から買えばいい」という前提そのものが揺らぎます。
一方、AI・データセンター・半導体工場・EVなどが普及する2030年代には、安定した大量の電力が産業競争力を左右します。政府の第7次エネルギー基本計画も、2040年度の発電量を約1.1~1.2兆kWhと想定し、2023年度の約9,854億kWhを上回る電力需要を見込んでいます。Enecho
そこでJapan Compassは提案します。
エネルギー政策を「脱炭素政策」だけでなく、「国家安全保障・産業政策」として再設計する。
2035年に向けて、日本は「何を何%発電するか」だけでなく、危機が起きても電気を止めない国を目指すべきです。
1|日本の弱点──エネルギー自給率15.3%
1960年度、日本のエネルギー自給率は58.1%でした。
国内の石炭などを利用していたためです。
その後、高度経済成長とともに石油への転換が進み、海外依存度が急上昇しました。2011年の福島第一原子力発電所事故後に原子力発電量が減少すると、2014年度には自給率が**6.3%**まで低下しました。
再生可能エネルギーの導入と原子力発電所の再稼働などによって回復したものの、2023年度でも15.3%にとどまっています。Enecho
これは単なる環境問題ではありません。
石油、LNG、石炭を購入するためには外貨が必要です。
そして日本にはもう一つ、地理的な弱点があります。
島国であることです。
エネルギー資源の多くは船で運ばれてきます。
つまり、
資源産出国
↓
国際市場
↓
海上輸送
↓
日本の港湾
↓
発電所・製油所
↓
家庭・企業
という長いサプライチェーンのどこか一つに障害が起きても、影響を受ける可能性があります。
2022年以降のウクライナ情勢と世界的な化石燃料価格高騰は、この構造的弱点を改めて浮き彫りにしました。Enecho
2|しかし「再エネ100%にすれば解決」でもない
ここが今回の重要なポイントです。
太陽光や風力は国内で生産できるため、エネルギー安全保障に大きく貢献します。
燃料を輸入する必要もありません。
しかし、太陽は夜には発電せず、風力も風況によって発電量が変動します。
そこで必要になるのが、
蓄電池、送電網、揚水発電、需要調整、地域間連系線、バックアップ電源
です。
発電設備だけ大量に設置しても、電力系統が対応できなければ使い切れません。
実際、英国のClean Power 2030 Action Planでも、再エネ拡大と同時に送電網の大幅な増強、蓄電・柔軟性、バックアップ電源を一体で整備する必要性が示されています。GOV.UK
つまり、
「発電所を何基作るか」から、「電力システム全体をどう設計するか」へ
議論を進める必要があります。
3|では原子力を増やせばいいのか
ここで議論は大きく分かれます。
原子力活用に賛成する立場
原子力は発電時にCO₂排出量が少なく、天候に左右されず、大量の電力を安定的に供給できます。
また燃料のエネルギー密度が高く、化石燃料とは異なる備蓄特性を持つため、エネルギー安全保障上のメリットがあります。
AI・半導体・データセンターなど24時間稼働する産業にとって、安定電源の存在は重要です。
政府も2025年2月に閣議決定した第7次エネルギー基本計画で、2040年度の電源構成を、
再生可能エネルギー 約40~50%
原子力 約20%
火力 約30~40%
という幅で示しています。Ministry of Economy, Trade and Industry
原子力活用に慎重な立場
一方で、日本は地震・津波リスクを抱えます。
重大事故時の被害、避難計画、廃炉費用、高レベル放射性廃棄物の最終処分、建設期間とコストなど、解決すべき課題があります。
福島第一原発事故を経験した日本では、「安い電力」という理由だけで安全性への懸念を軽視することはできません。
したがって原子力についても、
推進か廃止か
という二択だけでは不十分です。
必要なのは、安全性・供給安定性・コスト・脱炭素・地域合意を同じテーブルで評価することです。
4|再エネにも「賛成」と「反対」がある
再生可能エネルギーについても同様です。
賛成意見
太陽光・風力・地熱・水力などは、国内で確保できるエネルギーです。
燃料輸入額を減らし、CO₂排出量を削減でき、地方に新しい産業を生む可能性もあります。
反対・慎重意見
大規模太陽光発電による森林開発、景観への影響、災害リスク、設備廃棄、海外製機器への依存などが問題になる場合があります。
風力でも騒音、景観、生態系、漁業との調整が必要です。
つまり、
再生可能エネルギーだから無条件に正しいわけではありません。
Japan Compassが重視するのは「発電量最大化」ではなく、地域環境・安全保障・経済性まで含めた最適化です。
5|海外はどうしているのか
ドイツ──再エネ比率58.8%
ドイツでは、2025年の実発電量437.6TWhのうち、再生可能エネルギーが257.5TWh、**58.8%**を占めました。
風力が最大の再エネ電源で、太陽光発電も2024年の63.2TWhから2025年には74.1TWhへ増加しています。Bundesnetzagentur
再エネ大量導入が実際に可能であることを示す一方、送電網・市場設計・バックアップ電源まで含めて考える必要があります。
英国──「クリーン電力」をエネルギー安全保障と結びつける
イギリスは「Clean Power 2030」を進めています。
特徴的なのは、脱炭素だけを目的としていないことです。
政府は、
安定して手頃なエネルギー
国内産業・雇用
気候変動対策
を同時に実現する政策として位置付けています。GOV.UK
2030年には典型的な気象年でクリーン電源が英国の年間電力需要に相当する量を発電し、発電量の少なくとも95%をクリーン電源とすることを目指します。
ただし、必要時にはガス火力をバックアップとして維持する設計です。GOV.UK
さらに2026年2月には、地域・コミュニティ所有のクリーンエネルギーを拡大する「Local Power Plan」も発表し、最大10億ポンドの支援を打ち出しています。GOV.UK
ここに重要な示唆があります。
脱炭素とエネルギー安全保障は、本来対立する概念ではありません。
6|日本には「国産エネルギー」がある
日本は石油や天然ガスには恵まれていません。
しかし、
太陽光、風力、水力、地熱、バイオマス
という国内資源があります。
そして日本には世界有数の、
蓄電池技術、パワー半導体、素材技術、省エネルギー技術
があります。
つまり、日本のエネルギー戦略は、
資源を輸入する国
から、
技術でエネルギーを生み出す国
へ転換できる可能性があります。
7|Japan Compass 政策提案
① 「エネルギー自給率30%」を2035年の国家目標へ
政府は2040年度のエネルギー自給率を約30~40%と見通しています。Enecho
Japan Compassでは、その入口として**2035年30%**を政策目標に設定することを提案します。
ただし数値達成そのものではなく、輸入途絶時の供給能力改善を目的とします。
② 「国産電力優先ゾーン」を全国に設定
屋根置き太陽光、工場・物流倉庫、駐車場、遊休地、既存インフラなどを優先します。
森林を大規模に伐採して発電所を建設するのではなく、
「すでに人間が利用している空間から発電する」
ことを原則にします。
③ 原子力を「安全条件付き戦略電源」と位置付ける
再稼働ありきでも、全廃ありきでもありません。
最新の安全基準、避難計画、地域合意、バックアップ電源、テロ・サイバー対策などを満たす施設について活用を判断します。
同時に次世代炉・廃炉技術・放射性廃棄物処理研究への投資を続けます。
④ 「送電網」を国家インフラとして再投資
再エネ導入で最大のボトルネックの一つは発電設備そのものではなく、
電気を運ぶネットワーク
です。
北海道の風力、九州の太陽光など、地域の豊富な電力を需要地へ送れる全国系統を強化します。
蓄電池、揚水発電、地域間連系線も同時整備します。
⑤ エネルギー備蓄を「燃料」から「電力システム」へ拡張
石油備蓄だけでなく、
LNG調達、蓄電池、分散電源、EV、非常用発電、マイクログリッド
を組み合わせます。
災害時には地域単位で最低限の電力を維持できる構造を作ります。
8|そしてAI時代へ
2030年代のエネルギー政策を考えるうえで、もう一つ避けて通れないテーマがあります。
AIです。
データセンターや半導体工場には大量かつ安定した電力が必要です。
したがって今後は、
電力価格
電力安定性
送電網容量
脱炭素電源
そのものが企業立地を決める可能性があります。
エネルギー政策は、環境政策だけではありません。
AI時代の産業政策そのものです。
9|2035 日本再設計ロードマップ
2027年
全国の発電・送電・蓄電・災害リスクを統合した「国家電力安全保障マップ」を作成。
↓
2028年
屋根・工場・公共施設を中心とする分散型再エネ導入を加速。
↓
2030年
地域間連系線・大型蓄電池・スマートグリッドへの投資を本格化。
石油・天然ガスについても調達先と権益を分散。なお、2024年度の日本企業による石油・天然ガスの自主開発比率は42.1%で、政府は2030年度50%以上、2040年度60%以上を目標としています。Ministry of Economy, Trade and Industry
↓
2032年
AI・半導体産業と電源開発を一体化した「産業電力特区」を整備。
↓
2035年
エネルギー自給率30%を一つの目安とし、輸入・国産電源・原子力・再エネ・蓄電・送電網を組み合わせた多層型エネルギー安全保障体制を構築。
↓
2040年
政府が示すエネルギー自給率約30~40%、再エネ約40~50%、原子力約20%という電源・エネルギー構造を、安全性・経済性を検証しながら目指す。Enecho
10|2035 日本再設計白書への位置付け
ここまでのJapan Compassでは、
人口 → 住宅・国土 → 食料 → エネルギー
と、日本を支える基礎構造を一つずつ検証しています。
これらは別々の問題ではありません。
人口が減れば地方インフラの維持が難しくなる。
農業人口が減れば食料安全保障が弱くなる。
エネルギー価格が上がれば農業も製造業も物流も弱くなる。
電力が不足すればAI・半導体産業も育たない。
したがって2035日本再設計で重要なのは、
省庁別に政策を考えるのではなく、日本という一つのシステムとして設計することです。
今日の提言
日本はエネルギー政策を「原発か再エネか」という二者択一から解放し、国産エネルギー・安全な原子力・分散型電源・蓄電・送電網・海外権益を組み合わせた「多層型エネルギー安全保障」を2035年までに構築すべきである。
安い電気は重要です。
クリーンな電気も重要です。
しかし、その前提にあるのは、
必要なときに電気があること。
電気が止まれば、工場も、病院も、通信も、AIも止まります。
だからこそエネルギーは、国家の土台なのです。
読者への問い
日本のエネルギー自給率を高めるためなら、
あなたは原子力発電の再稼働をどこまで認めますか。
また、再生可能エネルギーを増やすためなら、
景観や地域環境への一定の変化をどこまで受け入れられるでしょうか。
「原発反対」「再エネ賛成」という立場を一度離れ、
安全性・電気料金・環境・国家安全保障の4つを同時に考えたとき、あなたなら日本の電源構成をどう設計しますか。
編集後記
食料とエネルギーには共通点があります。
平時には、海外から買えばいい。
その方が安い場合もあります。
しかし、世界情勢が変わった瞬間、その「安さ」はリスクへ変わります。
だからといって、すべてを国内で生産する必要もありません。
重要なのは依存先を一つにしないことです。
食料も、エネルギーも、外交も同じです。
2035年の日本に必要なのは「自給自足国家」ではありません。
何か一つが止まっても、国家全体は止まらない国。
Japan Compassでは、この考え方を今後の提言書全体を貫く原則の一つとして位置付けます。
Reference|主な参考資料
資源エネルギー庁「エネルギー動向2025」
資源エネルギー庁「エネルギー白書2025」
経済産業省「第7次エネルギー基本計画」
第7次エネルギー基本計画・2040年度需給見通し
英国政府「Clean Power 2030 Action Plan」
ドイツ連邦ネットワーク庁「2025 Electricity Market Data」
Japan Compass|Vol.006
第三部 エネルギー・国家基盤
日本の未来を、事実から照らす羅針盤。

コメントを残す