日本の食料安全保障
――「食料自給率37%」の国は、世界的な供給危機に耐えられるのか
2026年8月27日|2035日本再設計プロジェクト|食料・農業・経済安全保障編
昨日の#024では、日本のエネルギー安全保障を取り上げました。
エネルギー自給率が低い日本が、AI・半導体・GX時代に必要な電力をどう確保するのか。
その議論から自然につながる、もう一つの国家基盤があります。
食料です。
2026年8月7日に農林水産省が公表した最新値では、2025年度の日本のカロリーベース食料自給率は37%。
前年度の38%から1ポイント低下しました。農林水産省
しかし、本当に見るべき数字は「37%」だけではありません。
農業を担う人。
農地。
肥料。
飼料。
種子。
燃料。
物流。
港湾。
備蓄。
そして海外から食料を買い続けられる経済力。
これらが同時に機能して初めて、日本の食卓は維持されます。
今回は「食料自給率を100%にすべきか」という議論ではなく、
世界で何かが起きても、日本人が食べ続けられる仕組みをどう作るか。
2035年の日本から逆算して考えます。
Executive Summary
最新の2025年度食料自給率は、
カロリーベース 37%
生産額ベース 66%
摂取熱量ベース 45%
です。農林水産省
政府は2030年度に、カロリーベース食料自給率を45%、生産額ベースを69%、摂取熱量ベースを**53%**とする目標を掲げています。農林水産省
しかし、より深刻なのは生産基盤です。
2025年の基幹的農業従事者は102万人。
2000年の240万人から半分以下になりました。
平均年齢は67.6歳で、70歳以上が55.1%を占めています。農林水産省
さらに肥料原料も海外依存です。
主要な肥料原料である尿素、りん酸アンモニウム、塩化加里のほとんどを輸入に頼っています。農林水産省
つまり日本の食料安全保障には、
「食料を輸入できなくなるリスク」と「国内で作れなくなるリスク」の二つ
があります。
Japan Compassでは2035年に向け、
「自給率」から「食料レジリエンス」へ
政策評価の軸を広げることを提案します。
1|最新の食料自給率は37%
農林水産省が2026年8月7日に公表した2025年度のカロリーベース食料自給率は37%でした。
前年度より1ポイント低下しています。農林水産省
長期で見ると、
1965年度 73%
だったカロリーベース食料自給率は、現在37%。
半分近い水準まで低下しました。農林水産省
背景には、
米の消費減少。
畜産物や油脂の消費増加。
小麦・大豆など輸入依存品目の消費。
といった食生活の変化があります。
しかし、
「63%の食料が突然なくなる」
という意味ではありません。
自給率には複数の計算方法があり、品目ごとの事情も大きく異なります。
37%という数字だけで危機を煽るのも正確ではありません。
2|「自給率」だけで食料安全保障を判断してはいけない
例えば、自給率100%でも、
大規模干ばつ。
家畜疾病。
肥料不足。
燃料不足。
物流停止。
が起きれば食料供給は不安定になります。
逆に自給率が低くても、
輸入先が十分に分散されている。
国内生産能力がある。
備蓄がある。
港湾・物流が強い。
購買力がある。
なら、一定の安全保障を確保できます。
つまり重要なのは、
何%自給しているかではなく、「危機が起きたとき何が止まるのか」
です。
3|日本農業の最大の問題は「人」
食料安全保障で最も重要な数字の一つが、農業人口です。
2025年の基幹的農業従事者は約102万人。
2000年には240万人いました。
25年間で約138万人減少しています。農林水産省
さらに平均年齢は67.6歳。
70歳以上が約56万人で、全体の55.1%です。農林水産省
一方、50代以下は約23万人。
この構造を考えると、
2035年に農業を担う人が大きく減ることはかなり高い確度で予測できます。
食料安全保障の最大の問題は、
「農地がない」より先に、「作る人がいなくなる」こと
かもしれません。
4|だから「農家を増やす」だけでは間に合わない
若者の新規就農を増やす。
これは必要です。
しかし102万人の農業者を、そのまま102万人の若者で置き換えることは現実的ではありません。
人口そのものが減るからです。
必要なのは、
少ない人数で、現在以上の生産能力を維持できる農業
です。
大規模化。
農地集約。
自動運転農機。
農業ドローン。
AI。
センシング。
ロボット。
植物工場。
品種改良。
そして法人経営。
農業政策とテクノロジー政策を統合する必要があります。
5|食料を作るための「肥料」も海外依存
ここは非常に重要です。
国内で野菜や米を作れば、それで「国産」となります。
しかし、その生産に使う資材はどうでしょうか。
日本は主要な化学肥料原料の多くを海外に依存しています。
農林水産省によれば、りん酸アンモニウムや塩化加里はほぼ全量、尿素も大部分を輸入に頼る構造です。農林水産省
2021年以降、中国の輸出検査厳格化やロシアによるウクライナ侵攻によって調達リスクが実際に顕在化しました。農林水産省
つまり、
国内で作っている=完全に国内だけで作れる
ではありません。
6|肥料はすでに「経済安全保障物資」になっている
日本政府も対策を始めています。
肥料は経済安全保障推進法に基づく特定重要物資に指定されました。
特に供給途絶リスクの高い、
りん酸アンモニウム。
塩化加里。
について、2027年度までに年間需要量の3か月分を備蓄できる体制を目指しています。
2024年11月末時点では、
りん酸アンモニウム 2.4か月分
塩化加里 3か月分
まで備蓄体制が整備されています。農林水産省
これは重要な前進です。
7|しかし「肥料を備蓄する」だけでは足りない
備蓄には限界があります。
長期的な供給危機なら、いつかなくなります。
そこで必要なのが、
国内資源循環です。
家畜ふん尿。
下水汚泥。
食品残渣。
堆肥。
地域の有機資源。
これらから肥料成分を回収する。
農林水産省も輸入原料依存を減らすため、国内資源利用を進めています。農林水産省
これは環境政策だけではありません。
食料安全保障政策です。
8|畜産も「国産だから安心」とは限らない
牛肉。
豚肉。
鶏肉。
卵。
牛乳。
国内で生産されていても、家畜が食べる飼料を海外に依存していれば、輸入が止まったとき生産できません。
2024年度の日本の飼料自給率は**26%**でした。農林水産省
つまり食料安全保障では、
食料そのものだけでなく、
その食料を作るための投入物まで追跡する
必要があります。
9|2025年、日本は「食料危機対応法」を施行した
日本の制度も大きく変わっています。
2025年4月1日、
食料供給困難事態対策法
が施行されました。
異常気象。
動植物疾病。
輸入途絶。
その他の不測事態によって食料供給が大幅に減少する恐れがある場合、政府が早い段階から対策を実施できる仕組みです。農林水産省
対象には米、小麦、大豆など、国民生活・国民経済上重要な食料が含まれます。農林水産省
日本が食料安全保障を、
「農業政策」
だけではなく、
国家危機管理
として扱い始めたことは重要です。
10|食料輸入は「弱点」であると同時に「強み」でもある
ここで議論を公平にする必要があります。
輸入依存はすべて悪なのでしょうか。
そうではありません。
日本には作りにくい食料があります。
土地。
気候。
水。
生産コスト。
を考えれば、海外から輸入した方が合理的なものもあります。
世界各国から食料を調達すること自体が、
一つのリスク分散
にもなります。
国内だけで食料を作り、国内で不作になれば、それだけで危機になるからです。
11|問題は「輸入」ではなく「集中」
例えば一つの国から大部分を輸入していれば、その国の輸出規制で供給が止まります。
一つの港。
一つの航路。
一つの商社。
一つの原料。
に依存していても同じです。
したがって食料安全保障では、
国産化と同時に、輸入先の多角化
が必要です。
これは昨日のエネルギー安全保障とまったく同じ構造です。
12|海外事例
シンガポールは「自給率100%」を目指していない
食料の多くを輸入する国として参考になるのがシンガポールです。
土地が限られるシンガポールは、すべての食料を国内生産することを目指していません。
2025年に公表された新しい「Singapore Food Story 2」では、従来の「30 by 30」を見直し、2035年までに国内農業で、
食物繊維源となる野菜等の国内消費の20%
タンパク源となる卵・水産物等の30%
を供給できる能力を目指します。シンガポール農業食料庁
しかし、それだけではありません。
13|シンガポールの本質は「4本柱」
シンガポールは食料安全保障を、
国内生産。
輸入先多角化。
備蓄。
国際連携。
の組み合わせで考えています。
2025年の政策見直しでは、国内生産だけを追う従来型目標から、
食料システム全体のレジリエンス
へ重点を移しました。シンガポール農業食料庁
日本にとって非常に参考になる考え方です。
14|海外事例
英国は食料安全保障を「定期健診」している
イギリスでは、Agriculture Act 2020に基づき、政府が少なくとも3年ごとに食料安全保障を議会へ報告します。
2024年版のUK Food Security Reportは、
世界の食料供給。
国内生産と輸入。
サプライチェーン。
農業資材。
労働力。
水。
エネルギー。
物流。
サイバーセキュリティ。
家庭の食料アクセス。
まで分析しています。GOV.UK
さらに年次のFood Security Indexも導入しています。GOV.UK
ここから日本が学べることがあります。
食料安全保障は、自給率一つで測るものではない。
ということです。
15|賛成意見
食料自給率をもっと上げるべき
自給率引き上げ論には強い根拠があります。
世界人口増加。
気候変動。
戦争。
輸出規制。
海上輸送リスク。
円安。
これらが重なれば、
「お金を出せば必ず食料を買える」
とは限りません。
農地や農業技術は、一度失えばすぐには戻せません。
したがって一定の国内生産能力を維持することは、
国家の保険
と考えるべきです。
16|慎重意見
自給率を上げること自体を目的にしてはいけない
一方、食料自給率を高めるためだけに、
高コストな国内生産へ巨額の補助金を投入すれば、
食品価格。
税負担。
農業保護コスト。
が上がります。
さらに日本で作りにくい作物まで無理に国内生産すれば、
土地、水、エネルギーを非効率に使う可能性があります。
だから、
自給率100%を目指す必要はありません。
重要なのは、
危機時に何を国内で確保しなければならないのか、
優先順位を決めることです。
17|Japan Compass政策提案
「Food Security Index Japan」
Japan Compassでは、自給率とは別に、
Food Security Index Japan
を導入することを提案します。
評価項目は、
国内生産能力。
農業従事者。
農地。
食料自給率。
飼料自給率。
肥料依存度。
種子。
水。
エネルギー。
輸入先集中度。
海上輸送。
港湾。
備蓄日数。
物流。
食品加工能力。
購買力。
気候リスク。
です。
100点満点などで毎年公表します。
18|「何でも国産」ではなく戦略品目を決める
すべての食料を同じように守る必要はありません。
危機時に重要なのは、
カロリー。
タンパク質。
栄養。
保存性。
生産転換の容易さ。
です。
米。
小麦。
大豆。
いも類。
飼料。
肥料。
種子。
などについて、
国家戦略食料・資材
として平時から生産能力を維持します。
高級食材を守ることと、
国民が生きるための食料を守ることは分けて考えます。
19|農業を「若者が選べる産業」にする
農業人口を維持するため、
「農業を守りましょう」
と呼びかけるだけでは不十分です。
所得。
休日。
住宅。
教育。
医療。
通信。
キャリア。
が必要です。
さらに、
農家になる。
だけでなく、
農業法人へ就職する。
農業ロボットを開発する。
データ分析をする。
農産物流通を担う。
食品加工をする。
という多様な仕事を作ります。
農業を家業から産業へ。
ここを2035年までに進める必要があります。
20|スマート農業を「人手不足対策」の中心へ
自動運転トラクター。
収穫ロボット。
ドローン。
AI画像診断。
自動給水。
環境制御。
衛星データ。
こうした技術は、
便利だから導入するのではありません。
農業人口が減る日本では、
食料安全保障装備
です。
昨日の#024で扱ったAI・エネルギー政策とも接続します。
21|都市も食料安全保障に参加する
食料安全保障を農村だけの責任にしてはいけません。
都市部でも、
食品ロス削減。
学校給食。
公共調達。
都市農業。
屋内農業。
非常食備蓄。
物流拠点。
を組み合わせます。
特に学校、病院、介護施設など公共性の高い施設については、
災害時にも一定期間食料を確保できる体制が必要です。
22|Japan Compass政策提案
「食料版BCP」を全国自治体へ
企業にはBCPがあります。
同じ考え方を食料にも導入します。
大規模地震。
台風。
港湾停止。
感染症。
輸入途絶。
サイバー攻撃。
それぞれについて、
その地域で何日間食料を供給できるか
をシミュレーションします。
人口100万人の都市と人口1万人の離島では、必要な対策が違います。
全国一律ではなく地域別に設計します。
23|離島は「食料安全保障の実験場」になれる
日本には多くの離島があります。
物流が止まれば食料供給への影響が早く現れます。
だからこそ、
再エネ。
蓄電池。
農業。
水産。
冷凍・冷蔵。
備蓄。
地域物流。
を組み合わせた、
小規模な食料・エネルギー自立モデル
を実証する価値があります。
成功したモデルは、大規模災害時の都市にも応用できます。
24|政策の副作用も見る
国内農業を強化すれば、
補助金負担。
食品価格上昇。
農地集約による地域摩擦。
大型農業法人への集中。
が起こる可能性があります。
備蓄を増やせば、
保管費。
更新費。
食品廃棄。
が増えます。
スマート農業を進めれば、
初期投資。
デジタル格差。
メーカー依存。
サイバーリスク。
も生じます。
したがって、
「自給率を上げればすべて解決」という政策にはしません。
25|2035日本再設計ロードマップ
2026~2027年|食料リスクの可視化
自給率だけでなく、農業人口、肥料、飼料、種子、輸入先、物流、備蓄を一体評価します。
2027~2029年|Food Security Index Japan導入
都道府県・全国単位で食料供給リスクを毎年公表します。
2029~2031年|農業構造改革
農地集約、農業法人化、スマート農業、新規就農支援を加速します。
2031~2033年|食料・エネルギー統合型地域モデル
離島・地方都市で、農業、再エネ、蓄電、物流、備蓄を統合したモデルを実証します。
2033~2035年|国家食料レジリエンス体制完成
国内生産。
輸入多角化。
備蓄。
肥料・飼料。
物流。
技術。
国際連携。
を一つの国家安全保障政策として統合します。
26|2035日本再設計白書での位置付け
本稿は、
第二部 経済・産業
第四部 インフラ・国土
第七部 地方創生
食料・農業・経済安全保障
を横断するテーマとして位置付けます。
#024のエネルギー安全保障。
#025の食料安全保障。
この二つは密接につながっています。
食料を作るにもエネルギーが必要です。
肥料を作るにもエネルギーが必要です。
冷蔵するにも、
加工するにも、
運ぶにも電力と燃料が必要です。
したがって2035日本再設計白書では、
「食料×エネルギー」を国家基盤としてセットで考える
必要があります。
今日の提言
日本の食料政策を、
「食料自給率を何%にするか」だけの議論から卒業させるべきです。
最新のカロリーベース自給率は37%。
農業従事者は102万人。
平均年齢67.6歳。
肥料や飼料も海外依存。
問題は一つではありません。農林水産省
だから答えも一つではありません。
国内生産を維持する。
農業を自動化する。
輸入先を分散する。
肥料を備蓄する。
国内資源を循環させる。
食料を備蓄する。
港湾と物流を強くする。
海外との関係を維持する。
そして国民が食料を買える経済力を保つ。
これは農業保護政策ではありません。
国家レジリエンス政策です。
2035年の日本が目指すべきなのは、
「すべての食料を自分で作る国」ではありません。
世界で何が起きても、国民が食べ続けられる国です。
読者への問い
日本は、多少食料価格が上がったとしても、
国内農業を維持するためのコストを「国家の保険料」として負担すべきでしょうか。
それとも、価格の安い海外食料を最大限活用し、輸入先の分散と備蓄でリスクに備えるべきでしょうか。
おそらく現実的な答えは、その中間にあります。
では、
「最低限、日本国内で維持すべき食料生産能力」はどこまでなのか。
ここを国民全体で議論する時期に来ていると思います。
データ出典・参考資料
農林水産省「基幹的農業従事者の推移・2025年における年齢構成」
Singapore Food Agency「Singapore Food Story 2」
英国政府「United Kingdom Food Security Report 2024」
※食料自給率37%は2025年度の最新公表値です。自給率は食料安全保障の重要な指標ですが、それだけで供給途絶への耐性を示すものではありません。本稿では、国内生産、輸入、農業資材、担い手、備蓄、物流、購買力を含めた「食料レジリエンス」という広い概念で評価しています。

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