2035 日本の医療再設計
――「病院が多い国」から「必要な医療が届く国」へ
2026年9月1日|2035日本再設計プロジェクト|医療・社会保障・地方再設計編
#024 エネルギー、#025 食料、#026 水、#027 サイバー、#028 インフラ、#029 物流。
ここまで「日本を止めないための国家基盤」を連続して検証してきました。
そこで今日は、白書全体を見直し、まだ十分に掘り下げていない重要領域へ移ります。
医療です。
日本は世界有数の長寿国であり、国民皆保険を持ち、病院や医療機器も非常に多い国です。
ところが2035年から2040年に向かう日本では、
患者が増える地域。
患者が減る地域。
高齢患者が急増する都市。
病院を維持できなくなる地方。
医師が足りない地域。
看護師を確保できない地域。
が同時に現れます。
厚生労働省によれば、全国の入院患者数は2040年頃にピークを迎える一方、外来患者数はすでに減少局面に入った医療圏が多く、在宅患者数は多くの地域で2040年以降にピークを迎えます。さらに85歳以上人口の増加によって、医療と介護を同時に必要とする人が増えると予測されています。厚生労働省
つまり2035年の問題は、
「病院を増やせば解決する」ではありません。
どこで。
誰が。
どの医療を。
どこまで担うのか。
日本の医療システムそのものを再設計する必要があります。
Executive Summary
日本医療の最大の矛盾を象徴する数字があります。
OECDの2025年比較では、日本には人口1,000人当たり12.5床の病床があります。
OECD平均は4.2床です。
一方、臨床医は人口1,000人当たり2.6人。
OECD平均は3.9人です。OECD
つまり非常に単純化すれば、
「ベッドは多い。しかし医師は相対的に少ない。」
という構造があります。
しかも2040年には65歳以上が人口の約35%になると推計されています。厚生労働省
一方で医療を支える若者は減ります。
看護師養成の基盤となる18歳人口は、2025年の約110万人から2040年には約74万人へ、約3割減る見込みです。厚生労働省
2023年度の国民医療費は48兆円に達し、過去最高を更新しました。厚生労働省
したがって2035年医療政策の核心は、
「医療費を増やすか削るか」だけではありません。
限られた医師・看護師・介護人材・財源を、
どこへ配置すれば最も多くの人を救えるのか。
これを再設計することです。
Japan Compassでは、
Hospital Centered CareからCommunity Centered Careへ
日本医療の重心を移すことを提案します。
1|日本は「病院が足りない国」なのか
日本には人口1,000人当たり12.5床の病床があります。
OECD平均4.2床の約3倍です。OECD
CT・MRI・PETなどの医療機器も、人口100万人当たり184台。
OECD平均は51台です。OECD
設備だけを見れば、日本は非常に医療資源の豊かな国です。
しかし問題があります。
設備と、
それを動かす人
は別だからです。
2|医師はOECD平均より少ない
日本の臨床医数は人口1,000人当たり2.6人。
OECD平均は3.9人です。OECD
ただし、これだけで「日本は医師不足」と結論づけるのも適切ではありません。
問題は、
診療科。
地域。
勤務形態。
病院。
診療所。
の偏在です。
都市には医師がいても地方にいない。
ある診療科にはいても、救急・産科・小児科などで不足する。
だから医師数の総量だけでなく、
配置
を見る必要があります。
3|2035年に増えるのは「85歳以上の患者」
高齢化というと65歳以上を一括して考えがちです。
しかし医療では、
65歳。
75歳。
85歳。
で必要なサービスが大きく違います。
厚生労働省は、2040年に向け85歳以上人口が増えることで、
医療と介護の複合ニーズが一層高まる
としています。厚生労働省
例えば、
心不全。
糖尿病。
認知症。
骨折。
腎疾患。
など複数の問題を抱える患者が増えます。
一つの病気だけ治せば終わる医療ではなくなります。
4|入院・外来・在宅の需要が違う方向へ動く
ここが2035年医療の重要ポイントです。
厚生労働省の将来推計では、
全国の入院患者数は2040年頃にピーク。
外来患者数はすでに減少局面に入った医療圏が多い。
在宅患者数は多くの地域で2040年以降にピーク。
という異なる動きをします。厚生労働省
つまり、
全国一律に病院を増減する政策では対応できません。
地域ごとに答えが違います。
5|東京と地方では「医療問題」が逆になる
人口が増える都市圏では、
高齢者。
救急。
在宅医療。
介護。
の需要が増える可能性があります。
一方、人口減少地域では、
患者そのものが減り、
病院経営が成立しなくなる可能性があります。
だから、
「日本の病院は多いから減らそう」
だけでも、
「高齢化するから増やそう」
だけでもありません。
必要なのは、
地域ごとの人口予測から医療を逆算すること
です。
6|国も「病床中心」から方向転換している
厚生労働省は現在、2040年を見据えた新しい地域医療構想を進めています。
これまでの地域医療構想は病床機能の分化・連携が中心でした。
新しい構想では、
入院。
外来。
在宅。
介護連携。
人材確保。
まで含めた医療提供体制全体を対象とします。厚生労働省
2026年3月には新たな地域医療構想と医師確保計画について取りまとめが行われました。厚生労働省
方向性は正しいと考えます。
Japan Compassでは、ここからさらに一歩進めます。
7|Japan Compass政策提案
「病院を守る」から「医療アクセスを守る」へ
地方では、
「この病院を残すか」
という議論になりがちです。
しかし本当に守るべきものは建物でしょうか。
例えば地域住民が、
30分以内に初期診療。
60分以内に救急。
必要なら高度医療センターへ搬送。
退院後は自宅で訪問診療。
を受けられるなら、
すべての地域に大病院を置く必要はありません。
政策目標を、
病院数
から、
医療アクセス時間
へ変えます。
8|Japan Compass政策提案
「30・60・120 Medical Access」
地域医療にアクセス目標を設定します。
30分
日常的な初期医療・薬局・オンライン診療拠点へアクセス。
60分
救急医療へアクセス。
120分
高度急性期・専門医療へ搬送可能。
ただし離島や山間部では地理的制約があります。
その場合は、
ヘリ。
ドクターカー。
遠隔診療。
地域診療所。
医薬品備蓄。
を組み合わせます。
9|「何でも大病院へ」をやめる
風邪。
軽症。
慢性疾患。
健康相談。
薬の管理。
まで大病院へ集中すれば、
専門医。
救急。
病床。
が圧迫されます。
必要なのは、
Primary Care → Regional Hospital → Advanced Hospital
という役割分担です。
身近な医療は地域で。
高度医療は集約する。
10|海外事例
デンマークの医療改革
デンマークでは2024年、大規模な医療制度改革が合意されました。
目的は、
より近く、より公平で、より一体的な医療
です。ISM
改革では、
4つの地域。
17の地域保健評議会。
家庭医改革。
慢性疾患支援。
デジタル医療。
などを組み合わせています。ISM
11|「病院の外」へ医療を移す
デンマーク改革で特に参考になるのが、
病院と地域医療のバランス
です。
高度医療は病院。
日常医療は家庭医。
リハビリや一部サービスは地域。
という役割を整理し、患者を必要以上に病院へ集中させない方向を目指しています。ISM
さらに2027年からは一部の急性看護、リハビリ、予防、短期ケアなどの責任を再編し、患者の治療をより一体的にする改革が予定されています。ISM
12|医師を「人数」ではなく「必要度」で配置する
デンマークでは2025年から、家庭医等を国民の医療需要に応じて配分する新しいモデルを進めています。
2035年までに少なくとも5,000人の一般医療専門医を確保する方針も示しています。ISM
考え方は単純です。
人口だけではなく、
高齢者。
疾病。
医療アクセス。
を見て医師を配置する。
日本でも参考になります。
13|Japan Compass政策提案
「Medical Need Index」
都道府県では粗すぎます。
市町村だけでも小さすぎる場合があります。
そこで生活圏・医療圏単位で、
Medical Need Index
をつくります。
評価するのは、
人口。
85歳以上人口。
疾病構造。
救急件数。
出生数。
医師数。
看護師数。
病床。
在宅医療。
介護。
交通時間。
離島・山間地域。
です。
医師配置や医療投資を、
政治力ではなく、
医療需要データ
で決めます。
14|医療圏そのものを広げる必要がある
厚生労働省の検討でも、人口20万人未満の構想区域などでは、医療需要、人材確保、医療機関維持の観点から、必要に応じて区域を広げる考え方が示されています。厚生労働省
これは重要です。
人口が減るのに、
自治体ごとに、
病院。
専門医。
高額医療機器。
を抱えることには限界があります。
昨日の物流。
一昨日のインフラ。
水道。
サイバー。
と同じです。
医療にも広域化が必要です。
15|Japan Compass政策提案
「Regional Medical Utility」
複数自治体で、
救急。
専門医。
画像診断。
検査。
薬剤。
在宅医療。
訪問看護。
医療DX。
人材。
を共同運営します。
これを、
Regional Medical Utility
と呼びます。
自治体ごとに病院を持つ発想から、
地域全体で医療機能を持つ発想
へ変えます。
16|看護師不足はさらに深刻になる可能性がある
医療は医師だけでは動きません。
看護師。
薬剤師。
臨床検査技師。
診療放射線技師。
理学療法士。
介護職。
など、多くの専門職が必要です。
ところが看護職の入口となる若年人口は減ります。
厚生労働省によれば、
18歳人口は、
2025年 約110万人
2040年 約74万人。
約3割減少する見込みです。厚生労働省
看護師養成校ではすでに定員割れが目立ち始めています。厚生労働省
17|「人を増やす」だけでは追いつかない
厚生労働省自身も2040年を見据え、
より少ない人手でも回る医療・福祉現場
を必要な方向として掲げています。厚生労働省
だから、
AI診断支援。
音声カルテ。
自動記録。
オンライン診療。
遠隔画像診断。
薬剤配送。
ロボット。
事務自動化。
を積極的に導入します。
ただし、
AIに医療判断を丸投げするという意味ではありません。
専門職の時間を、
患者にしかできない仕事へ戻すためのDXです。
18|「病院に行く医療」から「医療が来る生活」へ
85歳以上では、
病院へ通うこと自体が負担になります。
そこで、
訪問診療。
訪問看護。
オンライン診療。
薬剤配送。
リハビリ。
介護。
見守り。
を組み合わせます。
#014で提案した共生Cityともここで接続します。
住宅の近くに、
医療。
介護。
薬局。
相談。
生活支援。
がある。
医療を都市設計の一部にする
のです。
19|予防医療は「医療費削減」のためだけではない
予防医療というと、
「医療費を安くする」
と説明されることがあります。
しかしすべての予防策が医療費を必ず削減するわけではありません。
目的は、
健康に生活できる期間を延ばすこと
です。
高血圧。
糖尿病。
心不全。
COPD。
などは、良質なプライマリケアによって悪化や不要な入院を減らせる可能性があります。
OECDも、質の高いプライマリケアはこれらの疾患で回避可能な入院を減らす重要な役割を持つとしています。OECD
20|医療費48兆円をどう考えるか
2023年度の国民医療費は48兆円に達しました。厚生労働省
ただし、
「48兆円も使っているから医療費を削減すべき」
という議論だけでは不十分です。
医療は、
命。
健康。
雇用。
医薬品産業。
医療機器。
研究。
地域経済。
にも関係します。
問題は金額そのものではなく、
支払った48兆円でどれだけ健康と安心を得られているか
です。
21|社会保障全体では144兆円
2026年度予算ベースの社会保障給付費は144.1兆円です。厚生労働省
今後も高齢化による増加が見込まれています。
一方、現役世代は減ります。
だから、
給付を維持する。
負担を増やす。
効率化する。
対象を絞る。
税を投入する。
という難しい選択が必要になります。
魔法の財源はありません。
22|賛成意見
医療機関を集約すべき
医療の質を維持するには、
手術。
救急。
高度医療。
専門医。
を一定の病院へ集約した方がよいという考えがあります。
症例数が集まり、
専門チームを維持しやすく、
高額機器も効率的に使えます。
人口減少地域で多数の病院を薄く維持するより合理的です。
23|反対意見
病院集約は地方切り捨てになる
一方で病院を集約すれば、
病院まで遠くなる。
救急搬送時間が延びる。
高齢者が通院できない。
地域雇用が失われる。
という問題があります。
特に離島・山間地域では深刻です。
だから、
病院を減らす=医療を減らす
にしてはいけません。
24|Japan Compass政策提案
「機能を集約し、アクセスを分散する」
これが今日の核心です。
高度医療。
手術。
ICU。
専門医。
は拠点病院へ集約する。
一方、
初期診療。
慢性疾患管理。
訪問看護。
リハビリ。
薬。
健康相談。
は地域へ分散する。
つまり、
高度機能は集中。日常医療は分散。
これを同時に行います。
25|救急車だけに頼らない搬送網
医療アクセスには物流と交通が関係します。
救急車。
ドクターヘリ。
ドクターカー。
民間搬送。
離島航空。
船。
これらを統合した、
Medical Mobility Network
を構築します。
#029で提案したNational Logistics Gridとも接続できます。
医薬品も患者も、
「医療物流」
として考えます。
26|医療DXには大きな副作用もある
デジタル化には、
個人情報。
サイバー攻撃。
システム停止。
高齢者のデジタル格差。
ベンダーロックイン。
AI誤判定。
という問題があります。
特に病院へのサイバー攻撃は、#027で扱ったように現実の医療停止につながります。
だから医療DXには、
Cyber Resilience
が必須です。
デジタル化するほど、
止まった時のアナログバックアップも必要になります。
27|公平性の問題
医療資源を効率化すると、
都市部が得をして地方が損をする。
高齢者を優先すると若者負担が増える。
高度医療へ投資すると予防へ回らない。
逆もあります。
だからJapan Compassでは、
医療政策を、
効率だけで評価しません。
アクセス。
医療の質。
健康寿命。
地域格差。
患者負担。
医療従事者負担。
財政。
を同時に評価します。
28|Japan Compass政策提案
「Japan Health Resilience Index」
全国の医療圏を毎年評価します。
項目は、
救急アクセス時間。
医師。
看護師。
病床。
在宅医療。
訪問看護。
介護。
薬局。
医薬品備蓄。
高度医療アクセス。
サイバー耐性。
災害対応。
医療費。
健康寿命。
です。
単純な、
「人口10万人当たり病院数ランキング」
から卒業します。
29|2035日本再設計ロードマップ
2026~2027年|医療圏の総点検
人口、85歳以上人口、疾病、医療人材、病院、救急、在宅、介護を統合分析します。
2027~2029年|Medical Need Index導入
地域ごとの医療需要を可視化し、医師・看護師・設備投資の基準にします。
2029~2031年|Regional Medical Utility実証
地方都市・離島・人口減少地域で、複数自治体による医療機能共同運営を実証します。
2031~2033年|30・60・120 Medical Access
病院数ではなく、医療アクセス時間を全国政策目標にします。
2033~2035年|Community Centered Careへ移行
病院。
診療所。
在宅。
介護。
薬局。
デジタル。
移動。
住宅。
を一体化します。
30|2035日本再設計白書での位置付け
本稿は白書の、
医療
を中心に、
人口
地方創生
AI・デジタル
経済
インフラ
を横断する重要章として位置付けます。
ここで#014「2035共生City構想」とも大きくつながります。
共生Cityで、
住宅。
子育て。
高齢者。
介護。
教育。
買い物。
仕事。
移動。
見守り。
を一体設計しました。
そこへ今日、
医療
が加わります。
2035日本再設計では、
病院政策だけを考えるのではなく、
「暮らす場所そのものを健康・医療インフラにする」
という視点まで発展させるべきだと考えます。
今日の提言
日本の医療政策を、
「病院を何床残すか」という議論から卒業させるべきです。
重要なのは、
病院の数ではありません。
必要な時に医師へつながる。
救急時には搬送できる。
高度医療が必要なら専門病院へ行ける。
退院したら地域へ戻れる。
自宅でも医療を受けられる。
介護と切れない。
薬が届く。
そして、
住んでいる場所によって命の可能性が大きく変わらない。
それが本当の医療安全保障です。
2035年の日本に必要なのは、
「病院が多い国」ではありません。
「必要な医療が、必要な人へ届く国」です。
人口が減るから医療を削るのではない。
人が減るからこそ、
医療資源を賢く配置する。
高度医療は集約する。
日常医療は地域へ近づける。
AIとデジタルで専門職を支える。
在宅医療を増やす。
医療と介護をつなぐ。
そして地域を越えて人材を共有する。
これが、
2035 日本医療再設計
の基本思想です。
読者への問い
人口が減少する地域でも、
現在ある病院をできる限りそのまま残すべきでしょうか。
それとも、
高度医療は地域の中核病院へ集約し、
その代わり、
診療所。
訪問診療。
オンライン診療。
訪問看護。
救急搬送。
を強化して、
「病院は遠くても、医療は近い地域」
をつくるべきでしょうか。
そしてもう一つ。
病院数ではなく、
「あなたは何分で必要な医療へ到達できるか」
を日本の医療政策の新しい指標にする。
これは2035年の日本に必要な考え方ではないでしょうか。
参考資料
OECD「Health at a Glance 2025 — Japan」
OECD「Avoidable hospital admissions」
デンマーク内務・保健省「Health Reform 2024」
デンマーク内務・保健省「About the Health Reform」
※OECDの医師数・病床数等は国際比較のため定義や集計方法に差があり、単純に数だけで医療制度の優劣を判断することはできません。また「30・60・120 Medical Access」「Medical Need Index」「Regional Medical Utility」「Japan Health Resilience Index」はJapan Compass独自の政策提案であり、現行政府制度ではありません。

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