Japan Compass#059

危機時のホットラインについての議論では、日本と中国の間に設置された海空連絡メカニズムの重要性が強調される。この制度は不測の衝突を避け、誤解を防ぐために設けられたが、実効性には課題が残る。特に危機発生時に運用がスムーズに行われるかどうかが焦点となる。文章では、ホットラインの使用手順や訓練、運用状況の透明性を強化する提案がなされ、外部からの見えにくさが懸念されている。

危機時のホットラインは、本当に機能するか

――日中海空連絡メカニズムを「つながる回線」から「使える危機管理」へ

2026年9月30日|2035日本再設計プロジェクト|外交・危機管理編


海の上で、

二つの国の艦艇が接近する。

空では、

戦闘機同士の距離が急速に縮まる。

一方は、

「通常の任務だった」

と言う。

もう一方は、

「危険な接近だった」

と言う。

もし、その瞬間に事故が起きたらどうなるでしょう。

衝突。

墜落。

負傷者。

行方不明者。

レーダー照射をめぐる認識の違い。

警告行動の意図をめぐる誤解。

現場で起きた出来事そのものより、

その後に、

「相手は意図的にやったのではないか」

という疑念が広がる方が危険なことがあります。

軍事的な緊張が高い時ほど、

一つの事故が、

世論。

外交。

軍。

政治指導者。

を通じて増幅されるからです。

日本と中国の間には、

このような不測の事態を避けるための仕組みがあります。

日中防衛当局間の海空連絡メカニズムです。

2018年6月に運用が始まり、

防衛当局間の年次・専門会合。

防衛当局間ホットライン。

自衛隊と人民解放軍の艦艇・航空機間の連絡方法。

という三つを柱としています。

目的は、

相互理解と信頼を深めることだけではありません。

不測の衝突を避け、

海や空で起きた偶発的な事態が、

軍事衝突や政治・外交問題へ発展することを防ぐことです。防衛省

ホットラインそのものは2023年3月に設置され、

同年5月16日、

当時の日中防衛相による最初の通話が行われました。

双方は、ホットラインを含む海空連絡メカニズムが、不測事態の回避に重要な役割を持つことを確認しています。防衛省

では、

これでもう安心でしょうか。

私は、

ここから先が重要だと思います。

電話回線があることと、

危機の瞬間に電話が機能することは、

同じではありません。

今日のJapan Compassでは、

危機時のホットラインを「設置済みの制度」から「実際に使える危機管理インフラ」にするには何が必要か

を考えます。


Executive Summary

結論から言います。

日本と中国の間には、

新たにゼロからホットラインを作る必要はありません。

すでにあります。

2026年版防衛白書でも、

日本政府は不測の事態を回避するため、

ホットラインを含む日中海空連絡メカニズムを運用していく方針を改めて示しています。防衛省

2025年11月の防衛大臣会見でも、

2023年5月の運用開始以降、

「円滑に意思疎通を行える状態を確保している」

と説明されています。

ただし、

個別具体的なホットラインの使用状況は公表されていません。防衛省

これは外交・安全保障上、

一定の秘密性が必要なので当然の面があります。

しかし同時に、

外部から見れば、

「回線がある」

ことは分かっても、

事故や急激な緊張が起きた時に、

何分で担当者につながるのか。

誰が使用を判断するのか。

相手が出なかった時どうするのか。

通信障害時の代替経路はあるのか。

どのような事案なら使うのか。

平時に訓練しているのか。

までは確認できません。

Japan Compassでは、

新たな巨大組織を作るのではなく、

既存の日中海空連絡メカニズムを、

「24時間つながる」「使う条件が分かる」「定期的に試す」「つながらなければ別経路へ切り替える」仕組み

へ強化することを提案します。

重要なのは、

ホットラインを

「仲が良い国同士の電話」

と考えないことです。

むしろ、

関係が悪い時ほど必要な安全装置

です。


1|日中の海と空では、接触する機会そのものが増えている

まず、

なぜこの問題を今扱うのか。

2026年版防衛白書によると、

2025年度に航空自衛隊が行った緊急発進は595回。

そのうち中国機に対するものは366回、

ロシア機に対するものは214回でした。防衛省

また日本政府は、

2025年に、

中国軍戦闘機や戦闘爆撃機による自衛隊機への接近、

中国空母の活動拡大、

12月のレーダー照射など、

安全上の懸念となる事案が相次いだとしています。防衛省

ただし、

ここで重要な注意があります。

これらは日本政府側の評価です。

中国側は、

日本側の航空機や艦艇による接近・監視こそが安全上のリスクを高めている、

という立場を示しています。

例えば2025年6月の中国国防部発表では、

中国側は空母訓練を国際法に沿った活動と位置付け、

日本側の接近監視が海空域の安全リスクを高めていると主張しています。中国国防部

Japan Compassで、

どちらの主張が正しいかを今日決めることが目的ではありません。

むしろ重要なのは、

双方が「相手の行動が危険だ」と感じている状態そのもの

です。

互いに同じ出来事を違う意味で理解している。

だからこそ、

事故や誤解が起きた瞬間の通信が必要になります。


2|ホットラインはすでにある。それでも問題は残る

日中海空連絡メカニズムは、

2018年から動いています。

その後、

2023年3月31日に防衛当局間ホットラインの回線整備が完了しました。

中国国防部も当時、

この直通電話は、

日中の防衛コミュニケーションを充実させ、

海空域における危機管理能力を高め、

地域の平和と安定に役立つ、

との立場を発表しています。中国国防部

つまり、

「危機管理の通信が必要だ」

という部分では、

日中双方の公式説明に共通点があります。

問題は、

制度の存在ではありません。

運用です。

本当の危機は、

予定された首脳会談の時間には起きません。

午前2時かもしれません。

休日かもしれません。

現場では数分単位で状況が変わります。

その時、

「担当部局へ確認します」

「明朝連絡します」

では、

危機管理にならない場合があります。


3|一番危険なのは「意図」が分からない時間

例えば、

航空機同士が異常に接近したとします。

日本側では、

「攻撃準備かもしれない」

と判断する人が出る。

中国側では、

「日本機が妨害している」

と判断する人が出る。

双方がさらに航空機を出す。

艦艇も警戒を強める。

ニュース速報が流れる。

SNSで映像が拡散する。

政治家が発言する。

世論が強硬化する。

そして、

最初は単なる操縦上のミスだったものが、

国家間の対立へ変わる。

この過程で最も重要なのは、

相手の意図を確認できない時間を短くすること

です。

ホットラインは、

相手に謝罪させるための電話ではありません。

「今起きていることは何か」

「こちらは攻撃の意思を持っているのか、いないのか」

「現場を離隔させられるか」

「負傷者がいるか」

を迅速に確認するための道具です。


4|しかし「誰が電話するのか」は難しい

危機時の通信では、

一つの問題があります。

現場の自衛隊員が、

直接中国の国防部長へ電話するわけではありません。

現場。

部隊司令部。

統合幕僚監部。

防衛省。

政治レベル。

という指揮命令系統があります。

相手側にも同じような組織があります。

ここで判断が遅れる可能性があります。

「これはホットラインを使うほどの事案か」

「まだ現場レベルの通信でよいのか」

「電話すれば日本側が問題を大きくしたと受け取られないか」

と考えているうちに、

時間が過ぎます。

だから危機管理では、

電話番号を知っているだけでは足りません。

どの段階で使うかを、平時から決めておく必要があります。


5|「電話したら弱腰」と考えない

もう一つの問題は、

政治です。

緊張状態で相手国へ電話すると、

国内から、

「弱腰だ」

「譲歩だ」

「相手に配慮する必要はない」

という批判が出る可能性があります。

しかし、

これは考え方を分ける必要があります。

防衛力を整備すること。

領域を警戒すること。

必要な場合に抗議すること。

そして、

事故を戦争へ発展させないこと。

は、

同時にできます。

むしろ、

抑止力を強くするほど、

誤解によって偶発的な衝突が起きない仕組みも必要になります。

危機通信は、相手を信用する制度ではありません。

相手を完全には信用できないからこそ持つ制度です。


6|現在の仕組みで、どこまで分かっているのか

2026年版防衛白書によれば、

日中海空連絡メカニズムには、

年次・専門会合。

ホットライン。

現場の艦船・航空機間の連絡方法。

があります。防衛省

2025年11月には、

日本の防衛大臣が中国国防部長との会談で、

ホットラインを適切かつ確実に運用する重要性を改めて伝えています。

さらに防衛省は、

2023年5月以降、

円滑に意思疎通を行える状態を確保している、

と説明しています。防衛省

一方で、

個別の利用状況は非公表です。

したがって、

公表情報だけから、

「実際の危機で何回使われたか」

「平均何分でつながったか」

「つながらなかったケースがあるか」

を検証することはできません。

ここは、

未確認であって、機能していないと断定してはいけません。

しかし、

危機管理制度として成熟させるなら、

機密を守りながらも、

最低限の「運用準備が維持されていること」は確認できる仕組みがあってよいと思います。


原因|なぜホットラインは「あるだけ」では足りないのか

危機通信が難しい理由は、

技術だけではありません。

第一に、

使用判断の問題があります。

事故なのか。

挑発なのか。

通常活動なのか。

ホットラインを使う水準なのか。

判断には時間がかかります。

第二に、

言葉の問題があります。

外交文書なら翻訳する時間があります。

危機時にはありません。

曖昧な表現が、

意図しない意味へ翻訳される危険があります。

第三に、

組織の問題があります。

海上保安庁が関係する事案。

自衛隊が関係する事案。

民間船が関係する事案。

航空機が関係する事案。

で担当組織が違います。

第四に、

通信そのものが使えなくなる可能性があります。

サイバー攻撃。

通信障害。

災害。

システム故障。

が危機と同時に起きることもあります。

第五に、

政治判断があります。

相手が電話に出ない。

意図的に回答を遅らせる。

国内世論を優先する。

これは技術では解決できません。

だから、

ホットラインは万能ではありません。

しかし、

万能でないから不要なのではなく、

失敗を前提に設計する必要があります。


海外事例① 米ソホットラインは「一本の電話」ではなかった

危機通信の代表例として知られるのが、

米国とソ連のホットラインです。

1962年のキューバ危機では、

米ソ間の通常の外交通信では、

危機の進行速度に通信が追いつかないことが問題になりました。

その後、

1963年6月20日、

米ソは直接通信回線の設置に合意します。アメリカ歴史研究所

興味深いのは、

この仕組みが、

単純な「赤い電話一本」ではなかったことです。

1963年の合意では、

常時使用する有線通信回線に加え、

障害時に切り替えられる無線通信回線を用意し、

通信を継続できるよう設計していました。

さらに双方に、

設備の維持管理と、

継続的・確実な運用を担う機関を指定させています。アヴァロンプロジェクト

1971年には、

信頼性を高めるため、

衛星回線なども追加されました。アヴァロンプロジェクト

ここから学べるのは、

ホットラインの価値は、電話番号ではなく冗長性と運用体制にある

ということです。


海外事例② 米国には「首脳ホットライン以外」の危機通信もある

米国には、

National and Nuclear Risk Reduction Center、

現在のNNRRCがあります。

1988年から運用され、

その後役割を広げ、

現在は50を超える国・相手との間で、

軍備管理。

ミサイル発射通知。

化学兵器。

国際的なサイバー事案。

などに関する安全な通信を扱う体制を構築してきました。

米国務省の説明では、

24時間365日運用されています。アメリカ合衆国国務省

ここで重要なのは、

大統領同士が危機のたびに電話するのではないことです。

実務機関が、

日常的に通知を送り、

通信する。

つまり、

危機通信を「特別な政治イベント」にしない

という考え方です。

日常的に使う仕組みだから、

本当に必要な時にも使いやすくなります。


海外事例③ OSCEは「電話」だけでなく情報共有まで組み合わせる

欧州安全保障協力機構、OSCEには、

軍事的な誤解や誤算を減らすための

Vienna Document

があります。

参加国は、

軍事力に関する情報。

大規模な軍事活動の事前通知。

演習の情報。

などを共有し、

異常な軍事活動や危険な軍事事案が起きた場合には、

協議を求めることができます。

その情報交換を支えているのが、

安全な国家間通信を提供するOSCE Communications Networkです。OSCE

これは、

日本と中国にそのまま導入できる制度ではありません。

しかし考え方は参考になります。

電話一本で危機管理を完成させない。

通知。

連絡。

確認。

定期会合。

検証。

を組み合わせる。

この方が強い仕組みになります。


東シナ海では、以前から「通信+行動ルール」が課題だった

SIPRIは2015年、

東シナ海における日中危機管理について、

海軍実務者間のホットラインだけでなく、

定期的な協議、

COLREGs、

CUESなどを基礎とした共通の行動ルールが必要だと指摘していました。スウェーデン国際平和研究所

その後、

日中海空連絡メカニズムとホットラインは実現しました。

つまり、

制度は確実に前へ進んでいます。

次の課題は、

「作ること」

ではありません。

使える状態を維持することです。


賛成論|危機通信を強化する意味

最大の利点は、

事故と意図的な攻撃を早く区別できる可能性が高まることです。

「こちらに攻撃意思はない」

「機体トラブルが起きた」

「捜索救難活動である」

と確認できれば、

追加部隊の投入を止められるかもしれません。

次に、

現場の指揮官だけに政治的判断を背負わせなくて済みます。

さらに、

危機が起きてから初めて相手と話すのではなく、

平時の会合や通信テストを積み重ねることで、

双方が連絡手順を理解できます。

そして、

この仕組みは、

日本の防衛力強化と矛盾しません。

抑止と危機管理は両方必要です。


慎重論|ホットラインを過信してはいけない

一方で、

ホットラインには限界があります。

相手が出なければ、

電話は機能しません。

出ても、

正しい情報を伝える保証はありません。

危機を利用する意図がある場合、

通信が時間稼ぎに使われる可能性もあります。

さらに、

「ホットラインがあるから大丈夫」

という安心感が広がれば、

逆に危険です。

現場の行動ルール。

警戒監視。

指揮命令。

外交。

同盟国との連携。

国民保護。

は別に必要です。

また、

利用状況を詳しく公開し過ぎれば、

相手国や第三国に、

日本側の意思決定手順や対応時間を知られる危険があります。

だから、

透明性と機密性の境界

を慎重に引く必要があります。


Japan Compass政策提案

「5段階」で既存ホットラインを実戦的な危機管理へ

新しい名称の組織を作るのではありません。

現在の日中海空連絡メカニズムを使います。

段階改善する内容
① 接続24時間の連絡態勢、代替回線、障害時の切替手順を確認
② 発動「どんな事案で使うか」を平時に分類
③ 伝達危機時に伝える最低限の事実情報を定型化
④ 訓練定期的な通信試験・机上訓練を実施
⑤ 検証内容を秘匿しつつ、態勢維持を非機微情報で確認

ここで大切なのは、

日本だけでできることと、

中国との合意が必要なことを分けることです。


1つ目|日本側だけでも「誰が、いつ使うか」を明確にする

まず日本国内で、

危機時の連絡判断を整理します。

例えば、

艦艇や航空機の接触。

極端な接近。

負傷者や行方不明者の発生。

双方の説明が大きく食い違う危険行動。

通信途絶。

大規模活動の意図が急に不明になった場合。

などです。

具体的な発動基準は、

機密情報を含み得ます。

すべて公開する必要はありません。

しかし、

現場。

統合幕僚監部。

防衛省。

政治レベル。

の間で、

「誰が連絡を決めるのか」

を迷わない状態にします。

これは、

中国側の制度変更を待たず、

日本側から改善できます。


2つ目|危機時のメッセージを短く定型化する

危機時に、

長い外交文書を書く時間はありません。

最低限、

いつ。

どこで。

何が起きたのか。

こちらが確認している事実。

負傷者の有無。

直ちに求める安全行動。

連絡先。

を伝える。

そして、

領土や法的立場については、

「この連絡によって双方の法的立場を変更しない」

ことを前提にする。

これが重要です。

危機時通信をしたことで、

「相手の主権主張を認めた」

と解釈されるなら、

電話をためらうようになります。

通信と領土・法的立場を切り離す。

これは危機管理に必要です。


3つ目|「つながるか」を平時に試す

消防設備は、

火災が起きて初めて動作確認するものではありません。

ホットラインも同じです。

定期的に、

接続確認。

担当者確認。

言語確認。

暗号化・セキュリティ確認。

代替回線への切替。

を試す。

さらに、

「航空機同士が接触した」

「艦艇で負傷者が発生した」

「捜索救難が必要になった」

など、

政治的に中立なシナリオで机上訓練をする。

実際の国家間紛争を想定した訓練にする必要はありません。

まず、

事故処理ができるか

を確認します。


4つ目|一本切れても終わらない通信にする

米ソホットラインが、

当初から複数の通信経路を持っていたことは参考になります。アヴァロンプロジェクト

現在の日中ホットラインの具体的な冗長構成は、

公開情報からは確認できません。

したがって、

「冗長化されていない」

とは書きません。

必要なのは、

政府内部で、

通信障害が起きても代替経路へ切り替えられることを定期的に検証することです。

通常の専用回線。

外交ルート。

既存の防衛当局間連絡。

など、

複数経路を危機時にどう使い分けるかを確認します。


5つ目|内容ではなく「態勢」を限定公開する

ホットラインの通話内容を、

毎回公開する必要はありません。

むしろ公開しない方がよい場合があります。

率直な意思疎通が難しくなるからです。

しかし例えば年に一度、

通信態勢の確認を行ったか。

年次・専門会合を行ったか。

手順を見直したか。

重大なシステム障害があった場合に復旧したか。

といった、

非機微な運用状況

だけは示せます。

それなら、

機密を守りながら、

制度が形骸化していないことを確認できます。


海上保安庁を含む国内連携も重要になる

日中海空連絡メカニズムの公式な三本柱は、

防衛当局。

自衛隊。

人民解放軍。

を中心とした仕組みです。防衛省

しかし海上では、

軍だけが活動しているわけではありません。

海上保安庁。

中国海警局。

漁船。

民間船。

民間航空機。

も存在します。

防衛省の2026年版白書でも、

自衛隊の警戒監視情報を海上保安庁など関係省庁と共有していることが示されています。防衛省

だから日本国内では、

外務省。

防衛省。

海上保安庁。

官邸。

の情報が、

危機時に迅速につながる必要があります。

ただし、

ここで

「海保と中国海警の新しいホットラインを直ちに作る」

とは提案しません。

まず既存制度と既存外交ルートを整理し、

どこに空白があるかを確認するべきです。


財源・実施主体・制約

中心となる実施主体は、

防衛省・自衛隊。

外務省。

必要に応じて海上保安庁。

内閣官房。

です。

日中間の運用変更には、

当然ながら中国側防衛当局との合意が必要です。

既存のホットライン、年次会合、専門会合を使うため、

新しい大規模施設を作る提案ではありません。

追加費用の中心は、

24時間対応できる人員。

通訳・翻訳。

安全な通信設備の維持。

代替回線。

サイバーセキュリティ。

定期訓練。

ログ管理。

事後検証。

になります。

今回確認した政府資料では、

日中ホットラインだけを切り出した年間維持費について、

信頼できる公表総額を確認できませんでした。

したがって、

「○億円必要」

とは書きません。

まず既存予算内の維持・訓練コストを明確にし、

追加的な冗長化が必要なら積み上げて判断するべきです。

最大の制約は、

技術ではありません。

相手も危機を避けたいと判断するかどうか

です。

ホットラインは、

政治的意思を代替できません。

だからこそ、

防衛力。

外交。

国際協力。

危機通信。

を一つだけに依存せず、

重ねて持つ必要があります。


2035ロードマップ

2026~2027年|日本側の「使える状態」を点検する

まず、

既存ホットラインを前提に、

日本側の指揮命令。

使用判断。

24時間態勢。

通訳。

代替通信。

省庁間連絡。

を点検します。

「設備があるか」

ではなく、

休日の深夜でも動くか

を基準にします。

同時に、

非機微情報について、

運用態勢を定期確認したことを公表できるか検討します。

2027~2029年|日中間で最低限の危機メッセージを標準化する

双方の主権・法的立場を変えないことを前提に、

事故。

救難。

異常接近。

負傷者。

通信障害。

などについて、

最低限伝える項目を整理します。

「意見が一致すること」

ではなく、

「事実情報を交換できること」

を目標にします。

2029~2031年|定期的な通信試験と危機机上訓練を制度化する

年次・専門会合を活用し、

ホットラインの接続試験だけでなく、

中立的な事故シナリオによる机上訓練を行います。

通話がつながらない。

翻訳に時間がかかる。

判断権者が不明。

という問題を、

本番前に見つけます。

2031~2033年|軍以外の事案との接続を整理する

海上保安機関。

民間船舶。

民間航空機。

救難。

サイバー・通信障害。

など、

軍同士だけでは完結しない事案について、

日本国内の連絡網を完成させます。

日中間で追加的な連絡方式が必要なら、

既存の外交・海洋協議の場で検討します。

2033~2035年|危機通信を「外交インフラ」として維持する

2035年には、

政府が変わっても、

政治関係が悪化しても、

最低限の危機通信だけは維持する。

定期試験。

設備更新。

訓練。

サイバー対策。

後継者教育。

を制度として続ける。

ホットラインを、

首脳会談の成果物ではなく、

止めてはいけない外交インフラ

として扱います。


2035日本再設計白書での位置付け

今回の#059は、

第四部「外交」

に位置付けます。

#045では、

日本外交が、

日米同盟。

二国間関係。

同志国連携。

ASEAN。

多国間枠組み。

をどう使い分けるかを扱いました。

その時に残ったのが、

危機時の対話手段が、制度として本当に機能するか

という問いでした。

#036は、

防衛力。

国民保護。

社会継続。

を中心に扱っています。

#054は、

さらに事態が進んだ場合の、

先島諸島からの住民避難を扱いました。

今回の#059は、

そのもっと手前です。

事故や誤解を、軍事危機にしない。

つまり、

危機が大きくなる前に止める外交です。

防衛力が

「攻撃を思いとどまらせる仕組み」

だとすれば、

危機通信は、

「意図していなかった衝突を戦争にしない仕組み」

です。

両方が必要です。


今日の提言

日本と中国の間には、

さまざまな意見の違いがあります。

東シナ海。

台湾海峡。

軍事活動。

安全保障政策。

歴史。

それらを、

一本の電話で解決することはできません。

ホットラインは、

関係改善の魔法の道具ではありません。

でも、

だから意味がない、

とも思いません。

むしろ、

外交関係が良い時には、

普通の外交ルートで話せます。

ホットラインが本当に必要なのは、

話したくない時です。

相手に腹が立っている時。

国内世論が強硬になっている時。

現場の状況が分からない時。

相手の意図を疑っている時。

その時に、

それでも連絡する。

それが危機管理です。

そして、

そのためには、

電話番号だけを交換しておけばよいわけではありません。

誰が出るのか。

いつ使うのか。

何を伝えるのか。

つながらなかったらどうするのか。

定期的に試しているか。

そこまで準備して、

初めてホットラインは

「外交文書に書かれた制度」から「人命と平和を守る仕組み」

になります。

私は、

日本の外交に、

強さと同時に、

こうした「事故を戦争にしない技術」も必要だと思います。


読者への問い

もし、

東シナ海上空で、

日本と中国の軍用機が接触したという速報が流れたら、

あなたは何を望むでしょう。

すぐ相手国を非難することでしょうか。

自衛隊をさらに展開することでしょうか。

それとも、

まず、

何が起きたのかを確認してほしいと思うでしょうか。

もちろん、

意図的な攻撃なら、

日本は必要な対応をしなければなりません。

しかし、

事故か攻撃か分からない段階で、

双方が最悪の意図を想定し、

それぞれが軍事行動を強めたら、

本来起こるはずではなかった危機が生まれるかもしれません。

だからこそ、

私はこう考えます。

強い国とは、戦える国だけではない。

戦う必要のない危機を、戦争になる前に止められる国でもある。

日本と中国が、

互いの考えに同意する必要はありません。

しかし、

事故が起きた時に話せること。

そして、

話せる状態を平時から維持しておくこと。

それは、

2035年の日本外交に必要な、

地味だけれど非常に重要な安全保障ではないでしょうか。


データ出典・参考資料

防衛省「令和8年版 防衛白書|各国との防衛協力・交流の推進」
日中海空連絡メカニズムが2018年6月に運用開始し、①年次・専門会合、②防衛当局間ホットライン、③自衛隊と人民解放軍の艦艇・航空機間の連絡方法で構成されること、目的が不測の衝突回避と事態の軍事・政治外交問題への発展防止であることを確認。
令和8年版防衛白書|日中防衛協力・海空連絡メカニズム

防衛省「令和8年版 防衛白書|ダイジェスト」
2025年度の緊急発進595回、中国機366回、ロシア機214回を確認。
令和8年版防衛白書 ダイジェスト

防衛省「日中防衛相間における日中防衛当局間ホットラインによる初回通話」
2023年5月16日に最初の通話を実施し、双方がホットラインを含む海空連絡メカニズムの不測事態回避上の役割を確認。
日中防衛当局間ホットライン 初回通話|防衛省

防衛省「防衛大臣記者会見 2025年11月4日」
ホットラインの個別具体的な使用状況は非公表である一方、2023年5月の運用開始以降、円滑に意思疎通を行える状態を確保しているとの政府説明を確認。
防衛大臣記者会見|防衛省

中国国防部「China, Japan build direct telephone link under maritime and air liaison mechanism」
2023年3月31日、中国側も直通電話が日中の海空危機管理能力の強化と地域の平和・安定に資するとの立場を公表。
China, Japan build direct telephone link|China Ministry of National Defense

中国国防部「国防部:要求日方停止危険挑発行為」2025年6月13日
中国側は、2025年6月の日本側発表とは異なる評価を示し、日本側の接近監視が海空安全リスクを生んでいると主張。今回の記事では、日中双方に異なる事実評価が存在する例として参照。
中国国防部 2025年6月13日発表

U.S. Department of State, Office of the Historian「U.S.-Soviet Hotline」関連資料
キューバ危機後、危機時の通信遅延を背景に1963年に米ソ直接通信回線が設置された経緯を確認。
Foreign Relations of the United States|Office of the Historian

1963 U.S.-USSR Direct Communications Link Agreement
直接通信回線の継続運用、障害時の代替回線、維持管理責任など、通信の冗長性を含む設計を確認。
1963 U.S.-USSR Direct Communications Link Agreement

U.S. Department of State「National and Nuclear Risk Reduction Center」
NNRRCが24時間365日の安全な通信を運用し、50を超える国・相手との通知・危機低減通信に関与していることを確認。
National and Nuclear Risk Reduction Center|U.S. Department of State

OSCE「Counting weapons, building peace」/Conflict Prevention Centre
Vienna Documentに基づく軍事情報交換、活動の事前通知、異常な軍事活動・危険事案に関する協議、安全な国家間Communications Networkを確認。
Counting weapons, building peace|OSCE
Conflict Prevention Centre|OSCE

SIPRI「Crisis Management in the East China Sea」
東シナ海危機管理では、ホットラインだけでなく、実務協議や海空域における共通行動ルールを組み合わせる必要性が以前から指摘されていることを参照。
Crisis Management in the East China Sea|SIPRI

※本稿は2026年9月30日時点で確認できる公表資料を基にしています。日中防衛当局間の海空連絡メカニズム、ホットライン、年次・専門会合、艦艇・航空機間の連絡方法はすでに存在する制度であり、Japan Compassの独自提案ではありません。また、個別のホットライン利用状況は公開されていないため、「実際の危機で使われていない」「つながらない」などとは断定していません。

**Japan Compass独自の提案部分は、既存制度を前提に、①日本側の発動判断・指揮系統を明確化、②危機時の最低限の事実伝達様式を日中で標準化、③定期的な通信試験・中立的事故シナリオの机上訓練、④通信障害時の代替経路の定期検証、⑤通話内容を公開せず非機微な運用態勢のみ限定的に確認できる形にすることです。**日中間のルール変更は中国側との合意を必要とし、日本単独で実施できる部分とは区別しています。

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