在職老齢年金は、高齢者の就労を妨げているか
――2026年4月の「65万円」引上げを、働き方の変化から検証する
2026年10月4日|2035日本再設計プロジェクト|年金・就労・社会保険編
65歳を過ぎても働く。
これは、もう珍しいことではありません。
総務省が2026年9月20日に公表した最新統計では、2025年の65歳以上の就業者は943万人。22年連続で増え、過去最多となりました。全就業者に占める割合も13.8%で過去最高です。なお、65歳以上人口3624万人という数字は2026年9月15日時点の人口推計、943万人という就業者数は2025年平均の労働力調査なので、時点を混同してはいけません。総務省統計局
働く高齢者が増える中、日本には一つ独特な仕組みがあります。
在職老齢年金です。
厚生年金を受け取りながら働く人について、賃金と老齢厚生年金の合計が一定額を超えると、老齢厚生年金の一部または全部を支給停止する制度です。
2025年度、その基準は月51万円でした。
2026年4月。
基準額は、
月65万円
へ大きく引き上げられました。厚生労働省
政府が制度を変えた理由は明確です。
「年金が減るから働く時間を抑える」という行動を減らし、高齢者が働きたいだけ働けるようにするためです。
では、ここで一つ疑問が生まれます。
65万円まで引き上げたことで、問題は解決したのでしょうか。
それとも、
そもそも65歳を過ぎて働いたことで年金を止める仕組み自体を、見直す時期に来ているのでしょうか。
今日のJapan Compassでは、
在職老齢年金は、高齢者の就労を本当に妨げているのか。そして2026年改正の次に何を判断すべきか
この一点を考えます。
Executive Summary
結論から言います。
Japan Compassは、2026年4月の65万円への引上げは合理的な改革だったと考えます。
ただし、
今すぐ在職老齢年金を全面廃止することにも、
65万円へ引き上げたから問題解決とすることにも、
賛成しません。
理由は単純です。
2026年4月の制度変更から、まだ約6か月しか経っていません。
今回確認できた公表資料では、改正後に、
支給停止対象者が実際に何人になったのか。
労働時間が増えたのか。
賃金が増えたのか。
65万円直前で働き方を調整する人が残っているのか。
企業の人手不足緩和につながったのか。
という十分な事後評価は、まだ確認できません。
一方で、制度変更前の調査では、65~69歳の3割以上が「年金額が減らないよう時間を調整して働く」と回答していました。厚生労働省自身も、在職老齢年金が労働意欲を削ぎ、労働参加を妨げる例があることを改正理由として挙げています。厚生労働省
つまり、
問題が存在する可能性は高い。
しかし、
65万円への引上げによって、
どこまで改善したのかはまだ分からない。
今必要なのは、
もう一度制度を変えることではなく、
2026年改正を「検証できる政策変更」として測ること
だと考えます。
2027年から2028年にかけて、
支給停止対象者数。
支給停止額。
基準額付近の賃金分布。
労働時間。
退職・継続雇用。
業種別の変化。
を公開する。
そして次の公的年金財政検証へ向けて、
65万円を維持するのか。
さらに引き上げるのか。
65歳以上について制度そのものを廃止するのか。
を比較する。
これが今回のJapan Compassの提案です。
現状|2026年4月、51万円から65万円へ
在職老齢年金は、
60歳以降、厚生年金に加入しながら老齢厚生年金を受け取る人などに適用されます。
2026年度は、
賃金と老齢厚生年金の合計が月65万円以下なら、老齢厚生年金は全額支給。
65万円を超えた場合、
超過額の半分が老齢厚生年金から支給停止
されます。
老齢基礎年金は、この支給停止の対象ではありません。年金ポータル
例えば、
賃金と老齢厚生年金の合計が56万円だったとします。
2025年度の基準は51万円でした。
5万円超えているため、
その半分の2万5000円が老齢厚生年金から停止されていました。
2026年度は基準が65万円になったため、
同じ56万円なら支給停止はありません。
年間で見れば、
受け取れる年金が30万円増える例です。政府オンライン
制度変更としては、
かなり大きなものです。
「65万円の壁」は、本当に壁なのか
ここは正確に整理する必要があります。
在職老齢年金は、
65万円を1円超えた瞬間に年金が大きく消える制度ではありません。
例えば合計額が66万円なら、
基準を1万円超えています。
停止される年金は、
その半分の5000円です。
つまり、
賃金が1万円増え、
年金が5000円減る。
税金や社会保険料を考えなければ、
合計所得は5000円増えます。
したがって、
「65万円を超えると働くだけ損」
という説明は正確ではありません。
しかし、
追加で1万円働いても、
年金が5000円減る。
そこに所得税や住民税、対象者によっては社会保険料も重なる。
本人から見れば、
追加労働に対する手取りの増え方が小さくなる
ことは確かです。
だからこそ、
勤務日数を減らす。
役職を断る。
残業を減らす。
報酬を抑える。
という行動が起こる可能性があります。
問題は、
「壁」というより、
働いた時の追加収入に強いブレーキがかかること
だと考えた方が分かりやすいと思います。
原因|なぜ、働くと年金が止まる制度があるのか
在職老齢年金には、
制度としての理由があります。
厚生労働省は、
一定以上の報酬を得ている高齢者には、
「年金制度を支える側に回っていただく」
という考え方を示しています。
つまり、
給与で十分な所得を得ている人へ、
年金をすべて同じように支給する必要があるのか、
という所得再分配の考え方です。
一方で厚生労働省自身、
納めた保険料に応じて給付を受ける社会保険制度の中では、
在職老齢年金は例外的な仕組みだとも説明しています。厚生労働省
ここに、
この制度の難しさがあります。
一方では、
「高収入で働いている人まで全額年金を受け取る必要があるのか」
という公平性。
もう一方では、
「保険料を払って築いた年金なのに、働いたから減らすのはおかしくないか」
という保険原理。
どちらにも理屈があります。
だから、
在職老齢年金は単なる「働き方改革」だけでは決められません。
雇用政策と年金政策を同時に考える必要がある制度です。
日本では、すでに高齢者が非常によく働いている
もう一つ重要なのは、
日本が「高齢者が働かない国」ではないことです。
総務省によれば、
2025年の65歳以上就業者は943万人。
高齢者の年齢階級別就業率も、いずれも過去最高でした。
OECDの2024年比較でも、
日本は55~59歳、60~64歳、65~69歳のいずれについてもOECD平均を上回り、
60~64歳では就業率が70%を超える国の一つです。総務省統計局
つまり、
在職老齢年金をなくせば、
突然大量の高齢者が働き始める、
という単純な話ではありません。
すでに多くの人が働いています。
問うべきなのは、
今働いている人が、制度を理由に「あと少し働くこと」をやめているか
です。
この違いは重要です。
「働きたい」と「実際に働く」は分けて考える
厚生労働省が示している調査では、
65~69歳の約6割が、
66歳以降も働き続けたいと回答しています。
そして同じ年代の3割以上が、
老齢厚生年金を受け取る年齢になった際、
「年金額が減らないよう時間を調整して会社等で働く」
と回答しました。厚生労働省
かなり大きな数字です。
ただし、
これは意向調査です。
実際に何時間勤務を減らしたか。
何人が昇給を断ったか。
制度がなければどれだけ働いたか。
を直接測った数字ではありません。
政策評価では、
ここを混同してはいけません。
「3割が気にしている」
ことと、
「制度をなくせば労働供給が3割増える」
ことは、
まったく別です。
だからこそ、
2026年4月の改正は、
非常に重要な検証機会になります。
基準を51万円から65万円へ大きく動かしたため、
改正前と改正後を比較できるからです。
65万円への引上げで、本当に働く時間は増えたのか
例えば、
2025年まで51万円付近に、
賃金と年金の合計額が不自然に集中していたとします。
そして2026年以降、
その集中が消え、
55万円。
60万円。
65万円。
へ所得が広がった。
さらに、
勤務時間や賃金も増えた。
それなら、
制度が就業調整を生んでいた可能性が高まります。
逆に、
51万円という基準をなくしても、
勤務時間がほとんど変わらなかったとします。
その場合、
高齢者が働く時間を決めているのは、
年金だけではないということです。
健康。
介護。
仕事内容。
会社の定年制度。
希望する勤務日数。
賃金水準。
通勤。
家庭生活。
さまざまな要因があります。
この場合、
さらに年金支給を増やす政策より、
柔軟な勤務制度や職務設計へ政策資源を使った方が効果的かもしれません。
もう一つ重要な数字|高齢就業者は同じ働き方ではない
2025年の65歳以上の就業者は943万人ですが、
この全員が在職老齢年金による支給停止を受けるわけではありません。
総務省によれば、
65歳以上の「役員を除く雇用者」のうち、
非正規の職員・従業員は**76.1%**です。総務省統計局
もちろん、
非正規だから低賃金だと一律には言えません。
ただ、
在職老齢年金の基準である
「賃金+老齢厚生年金65万円」
に達する層と、
高齢就業者全体は同じ集団ではありません。
したがって、
在職老齢年金を緩和する政策を、
「943万人全員への就労支援」
と説明するのも正確ではありません。
恩恵が誰に集中するのか。
年収帯。
年金額。
男女。
業種。
役職。
まで見る必要があります。
70歳を超えても、同じ仕組みが続く
今回の議論で、
特に検証したいのが70歳以上です。
日本年金機構によると、
70歳以降についても、
賃金と年金の合計に応じて同じ支給停止が行われます。
ただし、
70歳以上では厚生年金保険料の負担はありません。年金ポータル
つまり、
70歳を超えた人は、
厚生年金保険料を支払わなくなっても、
働いて一定以上の所得を得れば、
過去に形成した老齢厚生年金が減額されることがあります。
ここは、
65~69歳とは別に検証する価値があります。
所得再分配として考えるのか。
社会保険給付として考えるのか。
制度の哲学が最もはっきり表れる部分だからです。
海外事例①|米国は「通常の退職年齢」以降、働いても年金を減らさない
米国にも、
働きながらSocial Security retirement benefitsを受け取る人に対する
Retirement Earnings Test
があります。
ただし、
2026年にFull Retirement Ageへ達する前の人については、
一定以上の所得があると給付が減りますが、
Full Retirement Ageに達した月以降は、どれだけ働いて所得を得ても給付を減らしません。
2026年の場合、
Full Retirement Age未満の人は年間2万4480ドルを超える所得について、
2ドル超過するごとに1ドルが給付から留保されます。
Full Retirement Ageへ到達する年は、
到達前の所得について6万5160ドルが基準となり、
3ドル超過するごとに1ドルが留保されます。
そしてFull Retirement Age到達後は、
所得制限がなくなります。社会保障局
さらに米国では、
この仕組みによって給付が留保された月について、
Full Retirement Age到達時に給付額を再計算する仕組みもあります。社会保障局
日本とは制度全体が違うため、
そのまま導入できるわけではありません。
しかし、
通常の年金受給年齢に達した後まで、所得による年金カットを続けるのか
という問いを考える比較材料にはなります。
海外事例②|英国は、年金受給後も働くことを前提に制度を組んでいる
英国では、
State Pension ageを過ぎても働き続けることができます。
働きながらState Pensionを請求することもでき、
State Pension age以降は、
被用者本人のNational Insurance負担は原則としてなくなります。
所得税については、
給与と年金などを合わせた所得に応じて別途課税されます。GOV.UK
日本とは、
年金制度も保険料体系も違います。
だから、
「英国と同じにすべきだ」
とは言えません。
ただし、
英国や米国を見ると、
年金受給年齢以降の就労を、年金給付そのものの削減で調整する必要があるのか
という論点は、
改めて検討する価値があります。
賛成論|在職老齢年金をさらに緩和する理由
第一は、
労働に対して制度をできるだけ中立にできることです。
働きたい人が、
年金減額を避けるために勤務時間を調整するなら、
人手不足の日本では大きな機会損失になります。
第二は、
技能継承です。
管理職。
技術者。
医療・介護。
建設。
運輸。
サービス。
さまざまな分野で、
経験を持つ高齢者の役割は大きくなっています。
第三は、
制度の分かりやすさです。
「働いて所得が増えれば税金は増える」
という仕組みは理解しやすい。
しかし、
「保険料を払って形成した年金が、働いたことで止まる」
という仕組みは、
本人から見ると理解しづらい面があります。
第四は、
働くことによって、
所得税・住民税。
消費。
企業活動。
などを通じ、
別の形で社会へ負担していることです。
だから、
年金までさらに調整する必要があるのか、
という議論は成立します。
慎重論|全面廃止なら、受給者と将来世代の分配が変わる
一方、
制度をなくせば、
年金財政から支払う給付は増えます。
厚生労働省も、
在職老齢年金の支給停止基準を引き上げると、
その分だけ将来世代の給付水準を押し下げる要因になることを認めています。
今回の2025年年金制度改正全体では、
他の改革を含めると将来給付水準は改善するという政府説明ですが、
在職老齢年金だけを見れば、
支給停止を緩めるほど現在の受給者への支払いは増えます。厚生労働省
ここを、
「働いた分を返すだけ」
と簡単に片付けることもできません。
年金制度は、
一人ひとりの積立口座ではなく、
現役世代の保険料なども使って現在の受給者を支える社会保険だからです。
さらに、
支給停止対象となるのは、
比較的高い給与と厚生年金を得ている人です。
限られた年金財源を、
現在働いて高所得を得られる高齢者へ追加配分するのか。
それとも、
将来世代や低所得の高齢者を含めた制度全体へ残すのか。
分配の問題でもあります。
だから「廃止か存続か」だけで決めてはいけない
在職老齢年金の議論では、
二つの極端な意見になりやすいと思います。
「働いたら年金を減らすのはおかしい。全部廃止」
あるいは、
「高所得者なのだから減らして当然。現状維持」
です。
しかし、
政策として必要なのは、
その間です。
まず、
2026年4月の改革によって、
何が起きたのかを見る。
もし65万円への引上げで、
就業調整が大きく減ったのであれば、
制度を完全廃止せずとも、
かなりの問題を解消できた可能性があります。
逆に、
新しい65万円付近に所得が集中し、
再び勤務調整が起きるなら、
基準額を動かしただけで、
「壁」を移動させたことになります。
この場合は、
次の改革が必要です。
Japan Compass政策提案
2026年改正を「実証期間」にする
Japan Compassでは、
新しい年金制度を直ちに作ることは提案しません。
まず、
2026年4月の制度変更を、
政策評価の機会として使います。
具体的には、
2026年改正前後で、支給停止対象者数・支給停止総額・賃金分布・労働時間・継続雇用・退職時期を比較します。
特に見るべきなのは、
51万円付近に存在していた所得分布の集中が、
改正後にどう変化したか。
そして、
新しい65万円付近に、
新たな集中が生まれていないかです。
単に、
「年金支給額が増えた」
だけでは評価しません。
制度の目的は、
高齢者への給付増ではなく、
働きたい人の就業を妨げないこと
だからです。
「支給停止された人数」だけではなく、働き方を見る
評価指標の中心は、
制度利用者数ではありません。
例えば、
支給停止対象者が50万人から減ったとしても、
それだけなら、
基準を上げたのだから当然です。
重要なのは、
その人たちが、
以前より働いたか。
勤務時間を増やしたか。
昇給・昇進を受け入れたか。
企業が人材を確保できたか。
です。
さらに、
製造業。
建設。
運輸。
医療・福祉。
小売。
専門職。
など、
人材不足の度合いが違う業種別に見る必要があります。
全国平均だけでは、
制度の効果が見えません。
65万円の次は「三択」で判断する
2028年ごろまでデータを蓄積した後、
Japan Compassでは、
次の三つを比較するべきだと考えます。
第一は、65万円を維持する。
就業調整がほぼ解消され、
追加緩和の費用対効果が小さい場合です。
第二は、基準額をさらに引き上げる。
65万円付近で明確な働き控えが確認された場合です。
第三は、65歳以上について支給停止そのものを廃止する。
基準額を動かすたびに新しい就業調整が生まれ、
制度維持の財政効果より労働市場への悪影響が大きいと確認された場合です。
結論を先に決めません。
データによって選びます。
70歳以上は、別枠で検証する
さらに、
70歳以上については、
早い段階で独立した評価を行うべきだと思います。
70歳以上は、
厚生年金保険料を負担しません。
それでも、
働いて一定の所得を得れば、
老齢厚生年金の支給停止は続きます。年金ポータル
これは、
保険料拠出と給付の関係というより、
高齢期の所得再分配政策としての性格が強くなります。
ならば、
なぜ年金制度の中で行うのか。
所得税による負担調整では足りないのか。
70歳以上の人材活用を阻害していないか。
ここは65~69歳とは別の問いとして検証するべきです。
「働いた場合の本当の手取り」を見えるようにする
#047では、
税や社会保険の「壁」を、
一つの年収基準だけではなく、
1時間多く働いたときの手取り変化で見ることを提案しました。
今回も考え方は同じです。
ただし、
制度は別です。
高齢者の場合、
給与。
老齢厚生年金。
在職老齢年金による支給停止。
所得税。
住民税。
社会保険料。
在職定時改定による将来年金増。
をまとめて見なければ、
働いた場合の実際の経済効果は分かりません。
厚生労働省にはすでに、
働き方を変えた場合の将来年金や在職老齢年金を試算できる公的年金シミュレーターがあります。
2026年4月には障害年金・iDeCo機能も追加され、税・社会保険料の試算機能も既に搭載されています。厚生労働省
新しいシステムを作る必要はありません。
この既存ツールを、
「月40万円働く場合」
「月50万円働く場合」
「月60万円働く場合」
で、
年金・税・保険料・手取りを並べて比較できるよう改善する。
本人が、
「どこまで働けば得か」
ではなく、
「働き方を変えると、自分の総所得はどう変わるか」
を理解できるようにするべきです。
財源・実施主体・制約
実施主体は、
厚生労働省。
日本年金機構。
総務省統計局。
そして必要に応じ、
企業から雇用データを得る統計部門です。
新しい省庁を作る必要はありません。
日本年金機構には、
支給停止対象者。
年金額。
報酬。
について行政データがあります。
労働力調査や雇用統計と組み合わせ、
個人を特定できない形で、
制度改正前後の働き方を検証します。
評価そのものに必要な追加財政負担は、
大規模な新給付制度と比べれば限定的です。
問題になるのは、
さらに基準額を引き上げる、または制度を廃止する場合の年金給付増
です。
ここについて、
2026年10月時点の改正後実績を基にした確定的な全国額は、
今回確認した公表資料からは確認できませんでした。
したがって、
過去の支給停止総額をそのまま「廃止費用」として使いません。
追加改革を行う際は、
その時点の支給停止対象者数と実績額から、
財政影響を改めて計算するべきです。
また2027年から2029年には、
厚生年金の標準報酬月額上限を65万円から75万円へ段階的に引き上げることが既に決まっています。
これは高所得者の保険料収入と将来給付の双方を変えるため、
在職老齢年金の追加改革を試算する際には、
この既決定改革も同じ財政モデルに入れなければなりません。厚生労働省
最大の制約|「働いた理由」を完全には分離できない
制度評価には難しさがあります。
2026年以降、
高齢者の労働時間が増えたとしても、
それが在職老齢年金改革だけの効果とは限りません。
賃金上昇。
物価上昇。
人手不足。
企業の定年延長。
生活費。
健康状態。
社会保険制度。
さまざまな要因が同時に動きます。
だから、
単純に、
「2025年より2027年の就業率が上がった。改革成功」
とは言えません。
51万円付近にいた人。
それより十分低かった人。
十分高かった人。
を比較する。
改正前後の変化を追う。
業種や年齢をそろえる。
こうした分析が必要です。
完璧な因果関係を証明できなくても、
政策判断に使える精度までは高められます。
2035ロードマップ
2026~2027年|改正前後の基準データを固定する
2025年度の支給停止対象者数、金額、賃金分布を基準として保存し、2026年4月以降のデータと比較できるようにします。
特に、
51万円から65万円の間にいた人が、
勤務時間や給与をどう変えたかを追います。
同時に、
65万円付近で新しい就業調整が発生していないか確認します。
2027~2028年|最初の事後評価を公表する
施行後1~2年のデータから、
労働時間。
賃金。
支給停止人数。
企業側の人材確保。
年金財政。
をまとめた事後評価を公表します。
成功指標を、
「年金を多く払えたか」
ではなく、
「働きたい人の就業抑制が減ったか」
に置きます。
2028~2029年|三つの制度案を比較する
65万円維持。
追加引上げ。
65歳以上の支給停止廃止。
について、
就業効果と年金財政への影響を同じ条件で試算します。
日本の公的年金財政検証は少なくとも5年に一度行われ、前回は2024年でした。
その次の財政検証期と接続させれば、
在職老齢年金だけを単独で判断せず、
制度全体の給付と負担の中で比較できます。厚生労働省
2029~2032年|必要なら段階的に制度を変更する
追加改革が必要と判断された場合も、
一度に大きく制度を変えるのではなく、
財政効果。
就業効果。
所得階層別の受益。
を毎年検証します。
特に70歳以上については、
65~69歳とは別の制度とする選択肢も検討します。
2032~2035年|「年齢」より「働き方を選べる制度」へ
2035年に目指すのは、
「高齢者は働くべき」
という社会ではありません。
働きたい人は働ける。
退職したい人は退職できる。
介護や健康の事情がある人は無理をしない。
働くことによって、
制度上不自然に所得を失わない。
その状態です。
高齢者就業政策の目的は、
労働力を確保することだけではありません。
年齢を理由に、働き方の選択肢を狭めないこと
だと思います。
2035日本再設計白書での位置付け
今回の#063は、
第三部「経済」
に位置付けます。
横断テーマは、
人口。
雇用。
社会保険。
年金。
財政です。
#033では、
働き方・学び直し・労働移動を扱いました。
#047では、
現役世代を中心とする税・社会保険・扶養の「手取りの段差」を検証しました。
#058では、
物価上昇によって所得税負担が実質的に増えるブラケット・クリープを扱いました。
#060では、
制度を実施した後に、
本当に効いたのかを検証する仕組みを考えました。
今回の#063は、
その考え方を、
2026年4月に実際に変更された在職老齢年金へ適用するものです。
問題は、
年金を増やすか減らすかだけではありません。
人口が減る日本で、経験を持つ人が働きたい時に、制度がその選択を邪魔していないか。
それを検証する号です。
今日の提言
在職老齢年金について、
私は、
今すぐ廃止するべきだとは思いません。
しかし、
65万円に引き上げたから、
これで完成とも思いません。
2026年4月、
日本は大きな制度変更をしました。
ならば、
次にやるべきことは、
また制度を変えることではなく、
本当に働き方が変わったかを見ること
です。
65万円を超えても、
働きたい人は働くようになったのか。
51万円付近の就業調整は消えたのか。
新しい65万円付近へ移っただけなのか。
人手不足の企業は、
経験者を雇いやすくなったのか。
そして、
そのために増えた年金給付は、
どのくらいだったのか。
そこまで確認して、
次を決める。
制度改正を、
政治的な「やった・やらない」で終わらせない。
これは、
#060で考えた政策評価そのものです。
高齢者が働く社会は、
すでに始まっています。
次に必要なのは、
高齢者へ
「もっと働いてください」
と言うことではありません。
働きたいと思った時に、制度が不必要なブレーキをかけないこと。
そして、
そのための費用を、
現役世代や将来世代へ黙って回さないこと。
この二つを同時に満たす仕組みを探す必要があります。
読者への問い
もし、
あなたが65歳になったとします。
40年以上働き、
保険料を払い、
ようやく老齢厚生年金を受け取る年齢になった。
でも、
仕事が好きだから、
もう少し働きたい。
会社からも、
「まだ力を貸してほしい」
と言われる。
その時、
働いて給料を得たという理由で、
これまで積み上げた年金の一部が止まる。
あなたは、
納得できるでしょうか。
一方で、
十分な給与を得ている高齢者へ年金を全額支給するために、
将来世代の給付がわずかでも下がるとしたら、
それでも全額支給するべきでしょうか。
どちらにも、
理由があります。
だからこそ、
感覚だけでは決められません。
必要なのは、
一つの問いです。
65万円に引き上げたことで、実際に人はもっと働くようになったのか。
まず、
その答えを確認する。
そこから、
次の年金制度を考えるべきではないでしょうか。
データ出典・参考資料
厚生労働省「在職老齢年金制度の見直しについて」
2025年年金制度改正法の成立、2026年4月からの基準額65万円、制度の目的、65~69歳の就業意向・就業調整意向、将来給付水準との関係を確認。
日本年金機構「在職老齢年金」
2026年4月1日更新。賃金と老齢厚生年金の合計が65万円を超えた場合、超過額の半分を支給停止すること、老齢基礎年金は対象外であること、70歳以上にも同様の取扱いがあることを確認。
政府広報オンライン「もっと働きたい!に応えて、在職老齢年金制度の基準額が2026年4月から引上げに」
2026年2月17日公表。2025年度51万円から2026年度65万円への変更、56万円のケースで年間30万円受給額が増える例、就業意向調査を確認。
総務省統計局「統計トピックスNo.149 統計からみた我が国の高齢者」
2026年9月20日公表。2026年9月15日時点の65歳以上人口3624万人・29.6%、2025年平均の65歳以上就業者943万人、全就業者に占める割合13.8%、非正規割合76.1%などを確認。
統計からみた我が国の高齢者|総務省統計局
OECD「Pensions at a Glance 2025」
2024年のOECD平均就業率は55~59歳75.7%、60~64歳56.5%、65~69歳26.4%。日本は各年齢層でOECD平均を上回り、60~64歳では70%超であることを確認。
米国Social Security Administration「2026 COLA Fact Sheet/Working and Receiving Retirement Benefits」
2026年のRetirement Earnings TestはFull Retirement Age未満で適用され、到達月以降は所得による給付減額がなくなること、到達時に留保月を考慮して給付を再計算する仕組みを確認。
英国政府 GOV.UK「Working after State Pension age」
State Pension age以降も就労・年金受給を継続できること、同年齢以降は被用者本人のNational Insurance負担が原則なくなることを確認。
厚生労働省「公的年金シミュレーター」
働き方に応じた年金額、在職老齢年金、税・社会保険料等を試算できる既存システム。2026年4月に障害年金・iDeCo機能等を追加。
厚生労働省「厚生年金等の標準報酬月額の上限の段階的引上げについて」
標準報酬月額上限を2027年9月68万円、2028年9月71万円、2029年9月75万円へ段階的に引き上げる既決定制度を確認。
厚生労働省「令和6(2024)年財政検証結果」
公的年金の財政検証は少なくとも5年に一度行われ、2019年の次に2024年実施であることを確認。
※本稿は2026年10月4日時点で確認できる公表資料に基づいています。2026年4月の在職老齢年金改正から約6か月であり、今回確認した公表資料では、改正後の年間支給停止対象者数・支給停止総額・労働時間の因果的変化について、十分な事後評価結果は確認できませんでした。そのため、本稿では「改正によって高齢者就業が増えた」とは断定していません。
Japan Compass独自の提案部分は、2026年4月の65万円への引上げを事後評価の対象として、支給停止対象者・金額だけでなく、基準額付近の賃金・勤務時間・継続雇用・業種別人材確保を2027~2028年に検証し、その結果と年金財政への影響を基に、①65万円維持、②追加引上げ、③65歳以上の支給停止廃止を比較することです。また70歳以上は保険料負担がない一方で支給停止が続くため、別枠で制度目的を再検証します。

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