「法定養育費」が始まっても、子どもにお金は届くのか
――2026年4月の民法改正で変わった月2万円の請求権と、養育費を確実に受け取るための仕組み
2026年10月14日|2035日本再設計プロジェクト|子育て・養育費・司法制度編
ある夫婦が離婚することになったとします。
小学生の子どもが1人います。
離婚後、子どもは母親と暮らすことになりました。
家賃。
食費。
学校で必要なもの。
習い事。
洋服。
医療費。
子どもの生活には、これからも費用がかかります。
しかし、離婚の話し合いでは、養育費の金額を決めることができませんでした。
母親は子どもとの新しい生活を始めます。
父親も、別の場所で生活を始めます。
ところが、養育費が支払われません。
母親はどうすればよいのでしょうか。
相手に連絡して、支払いを求める。
それでも支払われなければ、家庭裁判所に相談する。
必要な書類を準備する。
相手の収入や勤務先を調べる。
しかし、子どもの食費や家賃は、その間も必要です。
ここに、養育費という制度が抱える難しさがあります。
子どもの生活費は毎月必要なのに、その費用を受け取るための手続には時間がかかることがあるのです。
この問題に対応するため、2026年4月1日、日本の民法が改正されました。
新しく始まった仕組みの一つが、「法定養育費」です。
離婚時に養育費の金額を決められなかった場合でも、一定の要件を満たせば、子ども1人当たり月額2万円を請求できるようになりました。
さらに、養育費の回収を容易にするための新しい仕組みも導入されています。
法律上は、大きな前進です。
しかし、ここで考えたいことがあります。
養育費を請求できるようになれば、支払われるのでしょうか。
支払われない場合、本当に回収できるのでしょうか。
そして、月額2万円という金額は、子どもの生活を支えるのに十分なのでしょうか。
今日のJapan Compassでは、一つの問いを検証します。
養育費を請求する権利が強化された今、そのお金を実際に子どもへ届ける仕組みは十分なのでしょうか。
Executive Summary
結論から言います。
Japan Compassは、2026年4月に施行された養育費制度の改正を支持します。
特に、離婚時に養育費を取り決められなかった場合でも、一定額を請求できるようになったことには大きな意味があります。
また、未払いの養育費を回収するための法的手続が改善されたことも重要です。
ただし、法律上の請求権が強化されたことだけで、養育費の問題が解決したと判断することはできません。
今回の制度には、重要な特徴があります。
第一に、法定養育費は、原則として2026年4月1日以降に離婚した場合に適用されます。
第二に、金額は子ども1人当たり月額2万円です。
第三に、この金額は暫定的なものであり、適正な養育費の標準額ではありません。
第四に、養育費の支払いがなければ、一定の要件に基づいて財産や給与などの差押えを申し立てることができます。
ただし、法律によって自動的に相手の銀行口座からお金が引き落とされ、子どもを育てる家庭へ振り込まれるわけではありません。政府オンライン
今回、Japan Compassが注目するのは、この最後の部分です。
請求する権利がある。
支払われなければ回収する方法もある。
しかし、実際に受け取るまでには、相談、請求、調査、申立てなどが必要になる場合があります。
この手続を、子育てと仕事を続けながら、一人で進められるでしょうか。
2021年度の全国ひとり親世帯等調査では、母子世帯で養育費を現在受け取っている割合は28.1%、父子世帯では8.7%でした。
これは今回の法改正より前の調査です。
したがって、2026年の制度によって受給率がどの程度改善したかを示す数字ではありません。
しかし、養育費の受領に大きな課題が存在していたことを示す重要な資料です。こども家庭庁
Japan Compassは、これからの養育費政策について、次の方向を提案します。
「養育費を取り決めた割合」だけでなく、「実際に支払われた割合」と「支払いが止まったときに回収できた割合」を検証する。
法律の整備から、子どもの生活へ。
政策評価の中心を、そこへ移すべきだと考えます。
現状|2026年4月、養育費のルールが変わった
まず、今回の法改正を整理します。
2024年5月17日、父母の離婚後の子どもの養育に関する民法等の改正法が成立しました。
この法律は、2026年4月1日に施行されています。
改正されたのは、養育費だけではありません。
父母の責務。
離婚後の親権。
親子交流。
財産分与。
養子縁組。
こうした制度についても見直しが行われました。
特に注目されたのは、離婚後の共同親権を選択できるようになったことです。
しかし、今回扱うのは親権の選択ではありません。
離婚後も父母が子どもの生活を支える責任と、養育費の支払いをどう確保するかです。
親権をどちらが持つかという問題と、子どもの生活費を誰がどのように負担するかという問題は、関連していますが同一ではありません。
子どもを養育する責任は、親権や婚姻関係の有無だけで決まるものではないからです。
今回の法改正でも、子どもの養育に関する父母の責務が明確化されています。
そして、養育費については、特に重要な仕組みが導入されました。
それが法定養育費です。
取り決めがなくても、月額2万円を請求できる
法定養育費とは、離婚時に養育費について取り決めがなかった場合に、子どもを主として監護する親が、他方の親へ請求できる暫定的な養育費です。
金額は、子ども1人につき月額2万円です。
例えば、2026年5月に離婚した夫婦がいるとします。
小学生の子どもが2人います。
離婚時に養育費の金額を決められず、母親が引き続き子どもを主として監護している場合、一定の要件を満たせば、父親に対して月額4万円の法定養育費を請求できることになります。
ただし、これは離婚後の養育費を、一律に子ども1人2万円と定めた制度ではありません。
あくまでも、父母が適切な金額を取り決めるまでの暫定的な仕組みです。
父母の収入や子どもの年齢、生活状況などを踏まえた養育費については、別途話し合うことが重要です。
必要であれば、家庭裁判所の調停や審判を利用できます。
また、法定養育費についても、支払う側の事情などによって、家庭裁判所に減額や免除を求めることができる場合があります。
重要なのは、月額2万円という数字だけが独り歩きしないことです。
2万円は、子どもの養育に必要な費用の全国共通の標準額ではありません。
そして、この制度は原則として、2026年4月1日以降に離婚した場合に適用されます。
2026年3月31日以前に離婚した家庭については、同じ法定養育費制度が自動的に適用されるわけではありません。
この違いは、制度を利用する上で非常に重要です。政府オンライン
養育費を回収する仕組みも強化された
今回の改正では、養育費を受け取るための仕組みも強化されています。
その一つが、養育費に関する「先取特権」です。
先取特権とは、一定の債権について、法律で認められた優先的な回収権です。
従来、養育費が支払われない場合には、裁判所の調停調書や審判書、強制執行認諾文言付きの公正証書などが必要になる場面がありました。
今回の制度では、一定の要件を満たす養育費について、こうした債務名義がなくても、先取特権に基づく差押えを申し立てられるようになりました。
例えば、父母が合意によって養育費を取り決めていた場合、法律上の要件を満たせば、優先的に回収できる仕組みを利用できます。
ここで、もう一つ重要な金額があります。
子ども1人当たり月額8万円。
これは、取り決めによって発生する養育費について、先取特権による優先回収が認められる範囲の上限額です。
先ほどの法定養育費2万円とは、意味が違います。
8万円が養育費の全国標準額というわけでもありません。
父母の収入などに応じて、実際の養育費が8万円を超えることもあります。
その場合でも、要件を満たす債務名義に基づく強制執行など、別の方法で請求することができます。
また、今回の改正では、養育費を支払う親の財産や勤務先に関する情報を取得し、給与などの差押えにつなげる「ワンストップ執行手続」も整備されました。
一度の申立てで、情報取得と差押えの手続を一体的に進められる場合があります。
これは、回収のための手続負担を軽減する重要な制度です。
ただし、申立てを行えば必ず回収できるという意味ではありません。
相手に差し押さえられる財産や収入があるのか。
必要な情報を取得できるのか。
どのような法的要件を満たしているのか。
そうした条件によって、結果は異なります。
制度が変わったことと、現実に入金されることは、やはり分けて考える必要があります。裁判所
2021年の調査では、養育費を受け取っている母子世帯は28.1%
では、今回の法改正以前、日本の養育費はどのような状況だったのでしょうか。
こども家庭庁が公開している「令和3年度全国ひとり親世帯等調査」を確認します。
これは2021年度の調査です。
全国の母子世帯、父子世帯、養育者世帯などの生活実態を把握するために実施されました。
調査によると、母子世帯について、養育費の取り決めをしている割合は46.7%でした。
父子世帯では28.3%です。
一方、養育費を現在受け取っている割合は、母子世帯で28.1%、父子世帯で8.7%でした。
この数字には、重要な意味があります。
養育費の取り決めをしている家庭の割合よりも、実際に受け取っている家庭の割合が低いのです。
ただし、ここで注意が必要です。
取り決めをした家庭と、現在受け取っている家庭を単純に引き算して、未払いの割合を算出することはできません。
調査時点、世帯の事情、養育費の支払終了、回答区分などを考慮する必要があるからです。
また、この調査は2021年度のものであり、2026年4月の制度改正による効果を示すものではありません。
それでも、養育費の取り決めと実際の受領の間には、以前から大きな課題が存在していたことが分かります。
今回の制度改正を評価する際には、この問題がどの程度改善されたのかを確認する必要があります。こども家庭庁
原因|なぜ養育費は、決めても支払われないことがあるのか
養育費の未払いには、さまざまな原因があります。
まず、離婚時の取り決めが難しい場合があります。
例えば、離婚に至るまでに、父母の関係が大きく悪化していたとします。
お互いに連絡を取りたくない。
金額について合意できない。
相手の収入が分からない。
こうした事情があると、養育費の取り決めを行うこと自体が難しくなります。
さらに、家庭内暴力や虐待があった場合には、安全上の理由から、相手との直接的な話し合いを避ける必要があることもあります。
こうした家庭に対して、単純に「父母で話し合って決めてください」と求めるだけでは不十分です。
次に、支払う側の経済状況があります。
失業。
病気。
収入の減少。
新たな生活費の負担。
さまざまな事情によって、養育費の支払いが難しくなる場合があります。
もちろん、支払う能力があるにもかかわらず、養育費を支払わない場合もあるでしょう。
重要なのは、この二つを区別することです。
支払う能力があるのに支払わない場合と、実際に支払う能力が不足している場合では、必要な対応が異なります。
前者については、適切な法的手続による回収が重要になります。
後者については、収入の状況に応じた養育費の見直しや、必要な生活支援などを検討する必要があります。
養育費の回収を強化することは重要です。
しかし、相手の生活を完全に破綻させるまで回収すればよいというわけではありません。
支払う親も、働き、生活を続ける必要があります。
その生活が維持できなくなれば、結果として子どもへの継続的な支払いも難しくなる可能性があるからです。
もう一つの問題|養育費を受け取るための手続が難しい
例えば、養育費を支払うはずの親が、突然支払いを止めたとします。
子どもを育てている親は、どうすればよいでしょうか。
まず、相手に支払いを求めることが考えられます。
それでも支払われなければ、裁判所の手続を利用することになるかもしれません。
必要な書類を調べる。
申立書を準備する。
勤務先や財産に関する情報を確認する。
裁判所へ申し立てる。
手続の結果を確認する。
場合によっては、専門家に相談する必要もあります。
ここで考えたいのは、こうした作業を誰が行うのかということです。
子どもを育てながら働いている親が、手続の中心を担うことになります。
仕事を休んで相談に行く必要があるかもしれません。
書類の準備にも時間がかかります。
法律の知識が十分になければ、どの制度を利用できるのかも分かりにくいでしょう。
今回の改正によって、回収手続は改善されています。
しかし、法的手続が簡単になったことと、誰でも無理なく利用できることは同じではありません。
例えば、裁判所に新しい申立書式が用意されていても、その存在を知らなければ利用できません。
どの書式を使えばよいのか判断できない人もいるでしょう。
日本では既に、自治体による養育費確保支援、ひとり親家庭向けの相談事業、法テラスなどの支援があります。
また、こども家庭庁は2025年12月15日、ひとり親家庭のためのポータルサイトを公開しています。
制度そのものが存在しないわけではありません。
次に必要なのは、必要な人が、その制度へ実際にたどり着けるかを確認することです。こども家庭庁
海外事例|英国は行政が養育費を回収する仕組みを持っている
海外では、養育費をどのように支払っているのでしょうか。
参考になるのが英国です。
英国には、Child Maintenance Serviceという制度があります。
離れて暮らす親から、子どもの養育に必要な費用を受け取るための仕組みです。
この制度には、大きく分けて二つの支払方法があります。
一つは、Direct Payです。
Child Maintenance Serviceが養育費の金額を計算し、父母の間で直接支払う方法です。
もう一つが、Collect and Payです。
こちらは、Child Maintenance Serviceが支払う親から養育費を回収し、受け取る親へ送金する方法です。
支払いが滞る場合には、一定の要件に基づき、給与や銀行口座、給付金などから回収する仕組みもあります。
つまり、父母が直接お金をやり取りする方法だけでなく、行政が徴収と送金に関与する方法があるのです。
これは、日本の制度を考える上でも参考になります。
例えば、相手と直接連絡を取りたくない事情がある場合です。
行政を通じて支払いを受けられれば、当事者間の接触を減らせる可能性があります。
ただし、英国の仕組みには費用の問題があります。
Collect and Payを利用すると、支払う側には養育費の20%が追加料金として課されます。
受け取る側も、支払われる養育費から4%が差し引かれます。
例えば、養育費が100ポンドであれば、支払う側には20ポンドが加算され、受け取る側の受領額は96ポンドになる計算です。
一方、Direct Payでは、こうした徴収手数料はかかりません。
つまり、英国では、行政による徴収という選択肢がある代わりに、その費用負担についても制度化されています。
ここは重要な点です。
行政が養育費を回収する仕組みを作れば、費用がなくなるわけではありません。
徴収する人員。
情報システム。
勤務先や金融機関との連携。
未払いへの対応。
異議申立て。
こうした業務には費用が必要です。
英国の制度を、そのまま日本へ導入するべきだとは考えません。
しかし、父母だけに回収の責任を負わせる方法と、行政が一定の役割を担う方法を比較する価値はあると思います。GOV.UK
賛成論|養育費の回収を強化することは、子どもの生活を守る
養育費制度の強化には、明確な意義があります。
第一に、子どもの生活を安定させることです。
離婚によって父母が別々に暮らすようになっても、子どもの生活費が必要であることは変わりません。
毎日の食事。
学校生活。
衣服。
住まい。
医療。
こうした費用を、子どもと暮らす親だけが負担する必要はないはずです。
第二に、ひとり親家庭の経済的な負担を軽減できる可能性があります。
養育費が定期的に入ってくれば、家計の見通しを立てやすくなります。
第三に、父母の間で取り決めができなかった場合にも、子どもの生活を支えるための最低限の法的手段が用意されたことです。
これまで、養育費の取り決めが難しい家庭では、その問題が長期間放置される可能性がありました。
今回の法定養育費制度は、そうした状況を改善することが期待されています。
私は、この方向性を支持します。
子どもの生活費の確保を、父母の交渉力だけに任せないことには意味があるからです。
ただし、その効果を判断するためには、実際の入金状況を確認する必要があります。
慎重論|支払う親の生活と、家庭の安全も守る必要がある
一方で、養育費の回収を強化することには、慎重に考えるべき点もあります。
例えば、養育費を支払う親が失業した場合です。
収入が大きく減っているにもかかわらず、以前の金額をそのまま支払い続けることが難しい場合があります。
そのとき、必要なのは単純に差押えを強化することだけでしょうか。
家庭裁判所による金額の変更など、適切な制度を利用できるようにすることも重要です。
また、相手の勤務先や財産に関する情報を取得する場合には、個人情報の保護が必要です。
回収のためとはいえ、必要のない相手の情報を広く公開することはできません。
さらに、家庭内暴力や虐待があった場合には、安全への配慮が欠かせません。
子どもを育てる親が、養育費を受け取るために、危険な相手と直接連絡を取らなければならない制度になってはいけません。
一方、実際に養育費を支払う能力がない人に対して、継続できない金額を一方的に求め続けることにも問題があります。
必要なのは、支払う能力がある人から適切に回収し、支払う能力が不足している場合には法的な調整ができる仕組みです。
そして、その過程で子どもの生活が不安定にならないようにすることです。
このバランスを欠けば、制度を厳しくしても、長期的な支払いの安定にはつながらないかもしれません。
Japan Compass政策提案
養育費の「請求権」から「実際の入金」までを検証する
今回の提案は、法定養育費制度を新しく作ることではありません。
先取特権やワンストップ執行手続を新設することでもありません。
これらは、2026年4月の法改正によって既に導入されています。
Japan Compassが提案するのは、既存制度が子どもの生活にどれだけ役立っているかを、具体的に確認することです。
第一の提案|養育費が実際に届いた割合を調べる
まず、2026年4月以降に離婚した家庭について、制度の利用状況を確認します。
例えば、離婚時に養育費を取り決めた家庭。
取り決めがなく、法定養育費の対象となった家庭。
後から話し合いや調停によって金額を決めた家庭。
それぞれについて、実際に養育費を受け取っているかを確認します。
ただし、養育費を受け取っていない家庭が、すべて同じ事情にあるわけではありません。
支払義務が発生していない場合もあります。
支払う側に資力が不足している場合もあります。
取り決めの内容によって支払時期が異なることもあります。
そこで、単純な受給率だけでなく、支払義務がある額に対して、実際にいくら支払われたかを把握することを提案します。
重要なのは、法律がどれだけ利用されたかだけではありません。
子どもの生活へ、実際にどれだけお金が届いたかです。
第二の提案|法定養育費から適正な養育費への移行を確認する
月額2万円の法定養育費は、暫定的な仕組みです。
したがって、2万円が支払われるようになったことで、養育費の取り決めが完了したと考えてはいけません。
例えば、父母の双方に十分な収入があり、子どもの生活に必要な費用を考えると、適正な養育費が2万円を上回る場合もあります。
その場合、父母の収入や子どもの事情を踏まえた取り決めが重要になります。
そこで、法定養育費の対象となった家庭が、その後どの程度、正式な養育費の取り決めへ移行できたのかを確認します。
離婚から取り決めまでに何か月かかったか。
家庭裁判所の調停を利用したか。
必要な情報を得られたか。
取り決め後に、実際の支払いが続いているか。
こうした点を調べます。
月額2万円の暫定措置が、適正な養育費を決めるための出発点になっているか。
ここまで確認する必要があります。
第三の提案|回収手続の利用しやすさを測る
2026年の改正では、養育費を回収するための手続が改善されました。
しかし、制度の存在を知っていることと、実際に利用できることは異なります。
そこで、養育費が支払われない場合について、相談から回収までの状況を確認します。
例えば、相談窓口に連絡した人のうち、必要な手続を理解できた割合。
裁判所へ申立てを行った件数。
申立てから回収までに必要だった期間。
実際に回収できた金額。
回収のために当事者が負担した費用。
こうした情報です。
ただし、申立て件数が多いことを、制度の成功と判断してはいけません。
本来は、支払いが滞らず、強制執行が不要な状態が望ましいからです。
また、申立て後に回収できなかった場合も、その原因を確認する必要があります。
相手に財産がなかったのか。
必要な情報を取得できなかったのか。
手続上の問題があったのか。
理由が異なれば、必要な改善策も異なります。
第四の提案|相談から手続までの支援をつなげる
現在、日本には既に、ひとり親家庭を支援する制度があります。
こども家庭庁のポータルサイト。
自治体の相談窓口。
養育費確保支援。
法テラス。
家庭裁判所の手続案内。
これらを新しく作り直す必要はありません。
まずは、現在の支援を利用する人が、必要な手続へ適切に進めているかを確認します。
例えば、離婚前後の相談を受けた自治体が、必要な場合に養育費の取り決めや回収に関する専門的な相談先を案内できるようにします。
ただし、当事者の同意なく、離婚や家庭内の情報を複数の機関で共有することは避けなければなりません。
また、家庭内暴力や虐待がある場合には、相手への連絡を促すのではなく、安全を優先した支援が必要です。
目指すのは、新しい窓口を大量に増やすことではありません。
既存の相談先を利用した人が、必要な支援へ途中で迷わず進めるようにすることです。
第五の提案|行政による徴収支援の費用と効果を比較する
英国の事例では、行政が養育費を徴収して送金する仕組みが存在します。
日本でも、こうした仕組みを検討する価値はあると思います。
ただし、直ちに全国で新しい徴収機関を設置するべきだとは考えません。
まず、既存の司法制度や養育費確保支援によって、どこまで対応できるのかを確認するべきです。
その上で、回収が特に難しい事例について、行政が徴収に関与した方が合理的なのかを検討します。
例えば、継続的な未払いがある場合。
相手と直接接触できない安全上の事情がある場合。
本人による手続利用が著しく難しい場合。
こうした事例です。
ただし、行政による徴収を導入すれば、新たな費用が発生します。
また、給与や資産の情報を扱うため、個人情報保護や異議申立ての手続も必要です。
新しい制度が既存の司法手続を複雑にしてしまう可能性もあります。
そのため、導入の是非を判断する前に、追加的に回収できる金額と、そのために必要な行政費用を比較することを提案します。
回収額よりも事務費用の方が大きくなる場合には、別の支援方法を選ぶことも必要でしょう。
財源・実施主体・制約
今回の提案で中心となるのは、法務省、裁判所、こども家庭庁、地方自治体などです。
ただし、それぞれの役割は異なります。
養育費に関する法制度や民事執行制度については、法務省や裁判所が重要な役割を担います。
一方、ひとり親家庭の生活支援や相談支援は、こども家庭庁や地方自治体などが担っています。
裁判所が、生活支援全般を行う行政機関になるわけではありません。
また、自治体の相談窓口が、裁判所に代わって強制執行を行うわけでもありません。
それぞれの権限と責任を守りながら、必要な連携を考える必要があります。
財源についても、慎重な検討が必要です。
養育費は、原則として父母が子どものために負担するものです。
そのため、養育費の未払いがある場合に、国がすべての家庭へ自動的に立て替える制度を導入するのであれば、新たな財源や回収の仕組みが必要になります。
例えば、立て替えた養育費を国が回収できなかった場合、その費用を誰が負担するのでしょうか。
一般の税金で負担するのでしょうか。
利用者が一部を負担するのでしょうか。
支払義務者から追加的に徴収するのでしょうか。
こうした問題を整理しないまま、全国一律の立替制度を提案することは適切ではありません。
そこで、今回のJapan Compassでは、まず既存制度の実効性を確認することを優先します。
具体的には、現在の養育費確保支援や相談事業、裁判所の手続を利用して、どの程度の養育費が実際に回収されているのかを把握します。
その上で、不足している支援と、必要な追加費用を見積もります。
また、今回の法改正がすべての家庭に同じ条件で適用されるわけではない点にも注意が必要です。
特に、2026年4月より前に離婚した家庭については、法定養育費の対象とならないため、別の支援方法を検討する必要があります。
ただし、法定養育費の対象外であることと、養育費を請求する権利が一切ないことは違います。
父母の協議や家庭裁判所の手続によって、養育費を取り決めることは可能です。
制度を案内する際にも、この違いを正確に説明する必要があります。
2035ロードマップ
2026~2027年|新制度の利用状況を確認する
まず、2026年4月に施行された養育費制度について、利用状況を確認します。
法定養育費の請求件数。
養育費の取り決めに関する相談件数。
先取特権に基づく差押えの申立件数。
ワンストップ執行手続の利用件数。
こうした情報を、把握できる範囲で整理します。
ただし、利用件数だけでは成果を判断しません。
実際に支払われた金額と、回収できなかった理由も確認します。
また、2021年度の全国調査は制度改正前の参考値として扱い、2026年の効果と混同しないことが重要です。
2027~2029年|養育費の受領までの手続を改善する
制度開始後の利用実績を踏まえ、相談から支払いまでのどこに負担が集中しているかを調べます。
必要な情報を知らないために申立てができないのか。
書類が複雑なのか。
相手の収入や財産に関する情報を取得できないのか。
支払う側に十分な資力がないのか。
こうした原因を区別し、既存制度の運用改善につなげます。
2029~2031年|支払いの継続性を検証する
一度養育費を受け取れたとしても、その後の支払いが続かなければ、子どもの生活は安定しません。
そこで、一定期間にわたる支払いの継続状況を確認します。
毎月の支払いが継続しているか。
支払いが止まった場合に、どの程度の期間で再開できたか。
父母の収入が変わった場合に、適切な金額変更が行われたか。
こうした情報を、個人情報保護を前提に確認します。
2031~2033年|追加的な徴収支援の必要性を判断する
既存制度を改善しても、養育費の未払いが十分に減らない場合には、行政による徴収支援の拡充について検討します。
ただし、導入に必要な費用、回収の実効性、個人情報保護、司法制度との関係を検証する必要があります。
英国などの海外事例を参考にしながら、日本の制度に適した方法を判断します。
2033~2035年|子どもの生活を安定して支える仕組みへ
2035年に目指すのは、養育費の申立件数が増える社会ではありません。
必要な養育費が適切に取り決められる。
支払いが継続する。
支払いが止まった場合には、必要な支援へアクセスできる。
支払う側の経済状況が大きく変わった場合には、適切に金額を見直せる。
そして、家庭内暴力や虐待などがある場合には、当事者の安全が守られる。
こうした環境です。
父母が別々に暮らすことになっても、子どもの生活を支える責任が途切れない社会。
それを2035年に向けた目標にしたいと思います。
2035日本再設計白書での位置付け
今回の#073は、**第一部「人口」**に位置付けます。
横断テーマは、司法、子育て、生活保障、家庭の経済的安定です。
#013では、日本の少子化や家族形成の問題を扱いました。
#042では、生活保障、貧困、孤立について考えました。
#051では、子ども・子育て支援金の財源と負担方法を検証しました。
#057では、民事裁判のデジタル化によって、裁判を迅速に進められるかを検証しました。
今回の#073は、それらとは異なる問いを扱っています。
父母が別々に暮らすことになった後、子どもの生活費をどのように確保するのか。
少子化政策では、結婚や出産を支える仕組みに注目が集まりやすい傾向があります。
しかし、子どもが生まれた後の生活も重要です。
すべての家庭が、同じ形で暮らし続けるわけではありません。
離婚する家庭もあります。
死別する家庭もあります。
さまざまな事情によって、ひとり親家庭となる場合もあります。
そうした家庭について、子どもの生活をどう支えるのか。
これは、出生数を増やす政策とは別に考える必要があります。
また、国による子育て支援と、父母による養育費の負担も区別するべきです。
子ども・子育て支援金や児童扶養手当などの公的支援には、それぞれの目的があります。
一方、養育費は、父母が子どもの生活を支える責任に基づくものです。
この二つを混同すると、支援の目的や費用負担が曖昧になる可能性があります。
公的支援によって子どもの生活を守ること。
父母が負うべき養育費の支払いを確保すること。
その両方が必要です。
今日の提言
離婚によって、父母の関係は変わります。
別々の場所で生活することになります。
新しい家庭を築く人もいるでしょう。
それぞれの人生があります。
しかし、子どもにとってはどうでしょうか。
父母が離婚したからといって、食事をする必要がなくなるわけではありません。
学校へ通う費用が不要になるわけでもありません。
成長するために必要なものが減るわけでもありません。
子どもの生活は、離婚の前も後も続いていきます。
だからこそ、養育費は単なる父母間のお金の問題ではないと思います。
子どもが安心して暮らすための費用を、誰がどのように負担するのかという問題です。
2026年4月の法改正によって、日本は重要な一歩を踏み出しました。
養育費の取り決めがなくても、一定額を請求できるようになった。
養育費を回収するための手続も改善された。
これは評価するべき制度改革です。
しかし、私は、ここで政策の成果を判断してはいけないと思います。
子どもの生活に必要なのは、法律上の請求権だけではないからです。
毎月の生活に必要なのは、実際に使えるお金です。
子どもの食費を支払うとき。
学校で必要なものを購入するとき。
病院へ連れていくとき。
そのとき、法律上の権利があることだけでは、支払いを済ませることはできません。
だからこそ、次に必要なのは、養育費を取り決めたかではなく、養育費が実際に届いているかを確認することです。
そして、支払いが止まったときには、必要な支援へ速やかにアクセスできるようにする。
一方で、支払う側の事情が変わった場合には、適切に金額を見直せるようにする。
家庭内暴力や虐待などがあった場合には、安全を優先する。
誰か一方に無理な負担を押し付ければよいわけではありません。
目指すべきなのは、子どもの生活を継続して支えられる仕組みです。
私は、今回の法改正の成果を、次のように評価するべきだと考えます。
「何人が養育費を請求できるようになったか」だけではなく、「何人の子どもが、必要な養育費を安定して受け取れるようになったか」。
この数字を確認してこそ、制度改革の本当の成果が見えてくるのではないでしょうか。
読者への問い
もし、あなたが子どもを育てるひとり親だったとします。
離婚後、養育費について取り決めができませんでした。
2026年4月に始まった制度によって、一定の要件を満たせば、月額2万円を請求できます。
しかし、相手は支払ってくれません。
あなたは仕事をしています。
子どもの世話もあります。
毎日の家事もあります。
その上で、養育費を回収するための手続を進めなければなりません。
あなたは、どう感じるでしょうか。
法律で請求できるようになったのだから、あとは自分で手続を進めるべきだと思うでしょうか。
それとも、子どものための養育費なのだから、行政や司法制度がもう少し支援するべきだと思うでしょうか。
一方、あなたが養育費を支払う側だったとします。
離婚した後、仕事を失ってしまいました。
養育費を支払いたい気持ちはあります。
しかし、生活を維持することも難しい状態です。
そのとき、どのような制度が必要でしょうか。
支払いを強制すること。
収入に応じて金額を見直すこと。
仕事を見つけるための支援を受けること。
おそらく、一つだけでは解決しない場合もあるでしょう。
養育費の問題は、父母のどちらか一方を責めれば解決するものではありません。
子どもの生活を守りながら、支払いを継続できる仕組みを考える必要があります。
では、2035年の日本では、どのような社会を目指すべきでしょうか。
離婚後の養育費について、当事者の自己責任を基本とする社会。
それとも、父母の責任を前提にしながら、子どもへの支払いを確保するための支援を強化する社会。
私は、この二つを単純な対立として考える必要はないと思います。
父母が責任を果たすこと。
そして、その責任を果たせるように必要な制度を整えること。
その両方が重要です。
子どもの生活を守る責任は、離婚によって終わるのでしょうか。それとも、父母が別々に暮らすことになっても、変わらず続くのでしょうか。
2026年の法改正は、その問いについて、日本社会がもう一度考える機会になると思います。
データ出典・参考資料
1.裁判所「離婚と子どもをめぐる新しいルールについて」
2026年4月1日に施行された民法等の改正法について、親権、養育費、親子交流などに関する制度変更を確認しました。
今回の法改正は、2024年5月17日に成立した「民法等の一部を改正する法律」に基づくものです。
2.政府広報オンライン「法定養育費 取決めがなくても請求できる暫定的な養育費」
2026年7月7日公表。
法定養育費が、2026年4月1日以降に離婚した場合に適用されること、子ども1人当たり月額2万円であること、適正な養育費を取り決めるまでの暫定的な仕組みであることを確認しました。
2026年3月31日以前の離婚には、同じ法定養育費制度が適用されないことも確認しています。
3.裁判所「養育費に基づく差押え」
2026年4月から利用可能となった養育費の先取特権について、形成養育費の月額8万円という優先回収の上限、法定養育費の月額2万円、給与や銀行預金等の差押えに関する規定を確認しました。
また、月額8万円が一般的な養育費の標準額ではなく、先取特権による優先回収の対象となる範囲を示すものであることを区別しています。
4.裁判所「養育費請求調停」
法定養育費の暫定的な性格、父母の協議や家庭裁判所によって養育費を取り決める必要性、法定養育費の未払い分を含む取り決めなどについて確認しました。
5.裁判所「財産開示」
2026年4月から導入された、養育費等の回収に関するワンストップ執行手続について確認しました。
この制度は申立てに基づく司法手続であり、養育費が自動的に銀行口座から引き落とされる制度ではありません。
6.こども家庭庁「全国ひとり親世帯等調査」
2021年度の全国ひとり親世帯等調査について、調査対象、調査方法、実施時期などを確認しました。
この調査は、全国の母子世帯、父子世帯、養育者世帯などの生活実態を把握するためのものです。
7.こども家庭庁「こどもの貧困対策・ひとり親家庭支援部会」
2021年度調査に基づく養育費の取り決め率と現在受給率について、母子世帯46.7%・28.1%、父子世帯28.3%・8.7%という数値を確認しました。
これらは2026年の法改正前の調査結果であり、今回の制度変更による効果を示すものではありません。
8.こども家庭庁「ひとり親家庭等関係」
ひとり親家庭への支援として、子育て・生活支援、就業支援、養育費確保等支援、経済的支援が行われていることを確認しました。
また、2025年12月15日に「ひとり親家庭のためのポータルサイト」が公開されていることを確認しました。
9.英国政府「Child Maintenance Service: Making and receiving payments」
英国のChild Maintenance ServiceにおけるDirect PayとCollect and Pay、給与や銀行口座等からの回収、当事者間で直接連絡を取らずに養育費を受け取る方法などを確認しました。
Child Maintenance Service|英国政府
10.英国政府「Child Maintenance Service statistics」
英国のCollect and Payについて、支払う側へ20%を加算し、受け取る側から4%を差し引く仕組みを確認しました。
これらは英国の制度における徴収手数料であり、日本の養育費制度に適用されるものではありません。
Child Maintenance Service statistics|英国政府
資料確認上の留意事項
本稿は、2026年10月14日時点で確認できる公表資料に基づいています。
2026年4月の法改正によって、法定養育費、先取特権、ワンストップ執行手続などが導入されたことは確認できます。
しかし、制度開始後の全国的な養育費受給率、法定養育費の実際の入金率、差押えによる回収成功率、手続にかかった平均期間については、今回確認した資料から十分な比較可能データを得られませんでした。
したがって、今回の制度改正によって養育費の受給率が改善した、または改善していないと断定していません。
また、2021年度のひとり親世帯調査は、今回の法改正より前の実態を示す参考資料です。
今後の制度評価には、2026年4月以降の対象者について、比較可能な新しい情報を蓄積する必要があります。
Japan Compass独自の提案は、既に施行されている制度を前提に、養育費の取り決め、実際の受領、未払い時の回収、支払いの継続性、当事者の安全、手続費用を一体的に検証することです。
法定養育費や先取特権、ワンストップ執行を新しい独自制度として扱うものではありません。

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