Japan Compass #010

Vol.010

第七部 半導体・AI・経済安全保障

半導体を「買える国」のままで、日本は生き残れるのか

2030年までに公的支援10兆円超──巨額投資は「産業復活」か、それとも「国家的賭け」か

Executive Summary|今日の論点

これまでJapan Compassでは、人口、国土、食料、エネルギー、水道、道路、そして昨日は「働き手・外国人材・AI」を取り上げました。

今日は、そのAI時代を支えるもう一つの国家基盤、半導体を考えます。

スマートフォンだけではありません。

自動車、医療機器、発電所、通信、データセンター、人工知能、防衛装備、工場、物流。

現代社会のほぼすべてが半導体なしでは動きません。

日本政府は現在、AI・半導体分野について2030年度までの7年間に10兆円以上の公的支援を行い、10年間で50兆円超の官民投資を誘発する「AI・半導体産業基盤強化フレーム」を進めています。政府が想定する経済波及効果は約160兆円です。Ministry of Economy, Trade and Industry

そして2026年6月、経済産業省は「半導体・デジタル産業戦略」を再改訂しました。

そこで示された考え方は重要です。

半導体だけを単独で考えるのではなく、

データ
↓
AIモデル
↓
計算基盤
↓
通信
↓
電源
↓
人材
↓
サイバーセキュリティ

までを一つの「AI・半導体エコシステム」として構築するというものです。Ministry of Economy, Trade and Industry

Japan Compassが今日考えたいのは、

日本は巨額の税金を投入してまで、半導体を国内でつくる必要があるのか。

という問題です。


1|半導体は、もはや単なる「電子部品」ではない

半導体という言葉を聞くと、

「パソコンの部品」

を想像する人もいるでしょう。

しかし現在は違います。

例えば自動車。

エンジン制御、ブレーキ、エアバッグ、カメラ、通信、EV制御などに大量の半導体が使われています。

そして生成AI。

巨大AIモデルを動かすには、大量の高性能半導体とデータセンターが必要です。

経済産業省も、

半導体は「産業のコメ」であり、あらゆる社会・経済活動に深く関係する

と位置付けています。Ministry of Economy, Trade and Industry

つまり半導体供給が止まれば、

製造業だけでなく、社会そのものが止まる可能性がある。

ここが、半導体政策を普通の産業政策として考えてはいけない理由です。


2|日本はかつて「半導体王国」だった

1980年代、日本の半導体産業は世界のトップクラスでした。

NEC、東芝、日立、富士通など、日本企業が世界市場で大きな存在感を持っていました。

しかし、その後、

韓国
台湾
米国

などが急速に成長。

さらに半導体産業そのものも、

設計
製造
製造装置
材料
組立
先端パッケージ

などへ高度に分業化しました。

日本企業は製造装置や材料など今なお非常に強い分野を持っています。

一方で、最先端ロジック半導体の国内製造能力では遅れを取りました。

つまり日本の問題は、

「半導体産業が消えた」のではありません。

強い部分は残っている。しかし最先端の重要部分が欠けている。

ということです。


3|なぜ今、世界中が半導体工場を奪い合うのか

理由の一つが、コロナ禍で起きた世界的な半導体不足です。

自動車メーカーが生産を停止するなど、

半導体が一つ不足するだけで巨大産業が止まる

ことを世界各国が経験しました。

さらに、

米中対立
台湾海峡リスク
生成AI競争
サイバー安全保障
軍事技術

などが重なりました。

その結果、

「最も安い国から買えばいい」

というグローバル化時代の常識が変わり始めています。


4|アメリカは巨額投資で製造業を呼び戻した

アメリカ合衆国はCHIPS政策によって国内半導体産業へ巨額支援を行いました。

その結果、2025年1月時点で米商務省は、半導体・電子関連企業による民間投資計画が約4,500億ドルに達したとしています。Commerce.gov

例えばTSMCのアリゾナ事業。

米政府は最大66億ドルを支援し、TSMCは3工場へ650億ドル超を投資する計画を進めました。Commerce.gov

Intelにも最大78.65億ドルの直接支援が決定され、同社の米国内投資を後押ししています。Commerce.gov

重要なのは、

米国も「市場に任せるだけ」ではなくなった

ことです。


5|ヨーロッパも同じ方向へ動いている

欧州連合もEuropean Chips Actを進めています。

EUの目標は、世界半導体市場に占める欧州のシェアを2030年までに20%へ引き上げること。

政策主導投資は2030年までに430億ユーロ超を想定しています。European Commission

さらに2026年6月には欧州委員会が「技術主権パッケージ」を打ち出し、Chips Act 2.0によって先端半導体、AI、クラウドなどの自律性をさらに強化する方向を示しました。European Commission

つまり現在、

日本だけが半導体へ税金を投入しているわけではありません。

米国も欧州も、

半導体を

産業政策+安全保障政策

として扱っています。


6|日本の切り札「Rapidus」

日本の最先端半導体復活政策を象徴するのがRapidusです。

政府は2nm世代の先端半導体の国内製造基盤を構築するため支援を進めています。

2026年1月には経済産業相がRapidusへ1,000億円を出資する考えを表明しました。Ministry of Economy, Trade and Industry

政府は2nm半導体について、

AIトランスフォーメーションを進める上で重要な基盤

と位置付けています。Ministry of Economy, Trade and Industry

しかし、ここには大きなリスクがあります。


7|巨額の税金投入に「賛成」の論理

① 経済安全保障

海外から半導体が入らなくなった場合、

自動車
通信
医療
AI
防衛

まで影響します。

国内製造能力は、一種の保険です。

② 日本には「周辺産業」の強みがある

日本には半導体材料、製造装置、精密加工など強い企業群があります。

最先端製造拠点が国内に戻れば、それらの企業との技術連携が生まれる可能性があります。

③ AI時代の産業基盤になる

AIはソフトウェアだけではありません。

計算する半導体。

動かす電力。

保管するデータセンター。

接続する通信網。

すべて必要です。

半導体を失えばAI産業も海外依存になります。


8|巨額支援に「反対・慎重」の論理

こちらにも十分な理由があります。

① 技術競争が速すぎる

半導体工場には数千億円から兆円規模の投資が必要です。

しかし技術世代は急速に変わります。

巨額投資した工場が数年後には競争力を失う可能性があります。

② 税金で企業リスクを負う問題

成功すれば企業や株主が利益を得ます。

しかし失敗した場合、

損失を国民が負担するのか

という問題があります。

③ 「国産」にこだわりすぎる危険

半導体サプライチェーンは世界規模です。

すべてを国内生産することは現実的ではありません。

完全自給を目指せば、逆にコストが高くなる可能性があります。


9|重要なのは「国産100%」ではない

Japan Compassは、

すべて日本国内で作ればいい

とは考えません。

重要なのは、

「日本が止められると困る技術」と「海外から調達してよい技術」を区別すること。

です。

例えば、

最先端ロジック
パワー半導体
半導体材料
製造装置
先端パッケージ

など。

日本が世界で競争力を持てる分野へ集中する必要があります。

これはVol.008で提案した、

インフラ・トリアージ

と同じ発想です。


10|半導体工場だけ造っても意味がない

ここが今日の最も重要なポイントです。

日本政府も2026年6月の戦略改訂で、

AIと半導体を別々に考えない

方向へ舵を切りました。Ministry of Economy, Trade and Industry

なぜなら、

半導体を作っても、

使うAI企業が育たなければ意味がない

からです。

逆も同じです。

AI企業だけ育てても、

計算資源をすべて海外に依存すれば経済安全保障上の弱点になります。

だから、

半導体
+AI
+データセンター
+通信
+電力
+人材

を一体で設計する必要があります。


11|そして最大の壁は「電力」

AIデータセンターと半導体工場は大量の電力を消費します。

昨日までJapan Compassで取り上げてきた、

エネルギー安全保障

とここでつながります。

経済産業省も2026年6月、AI利用の急拡大を踏まえ、エネルギー自給率が低い日本ではAIの省電力化が他国以上に重要だと指摘しています。Ministry of Economy, Trade and Industry

半導体工場を誘致する。

↓

データセンターを造る。

↓

AI産業を育てる。

↓

電力需要が増える。

つまり、

AI政策はエネルギー政策でもある。

のです。


12|Japan Compass 政策提案

① 「半導体自給率」ではなく「戦略的不可欠度」で管理する

すべての半導体を国内生産する必要はありません。

政府が、

A:国内製造必須
B:同盟国との共同供給
C:国際市場から調達

の3段階に分類します。

安全保障上重要なものへ公的資金を集中します。


② 補助金を「成果連動型」にする

企業へ資金を渡して終わりにしません。

例えば、

量産開始
国内雇用
研究開発
国内調達率
技術移転
生産能力

など具体的なマイルストーンを設定します。

未達の場合は支援縮小や返還条項を設けます。

米国のCHIPS支援でも、資金はプロジェクトの建設・生産などのマイルストーン達成に応じて支払われる仕組みが採られています。Commerce.gov


③ 「半導体人材10万人構想」を進める

工場だけ造っても、人がいなければ動きません。

大学、高専、企業を結び、

半導体設計
材料
製造
AI
電力
サイバーセキュリティ

を横断する人材育成を進めます。

海外の高度人材についても、昨日提案した厳格な在留・入国管理を前提として、戦略分野では積極的に獲得します。


④ 九州・北海道などを「産業クラスター」にする

工場単体を誘致するのではありません。

材料メーカー。

装置メーカー。

大学。

物流。

電力。

住宅。

研究機関。

関連スタートアップ。

これらを地域単位で集積します。

工場一つではなく、

産業生態系そのものを日本に残す

ことが重要です。


⑤ 「AI×ものづくり」を日本の勝ち筋にする

生成AIそのものだけで米国企業と正面衝突する必要はありません。

日本には、

ロボット
自動車
精密機械
工場
医療機器
センサー

という巨大な現実世界の産業があります。

経済産業省も2026年6月、日本の「現場データ」と「ものづくり基盤」を生かしたフィジカルAIを競争力獲得の有力な方向として位置付けています。Ministry of Economy, Trade and Industry

日本は、

AIを作る国

だけではなく、

AIを「現実世界で最も上手に使う国」

を目指すべきです。


13|2035 日本再設計ロードマップ

2027年

半導体を「国内必須・同盟国連携・市場調達」の3分類へ。

↓

2028年

大学・高専・企業を結ぶ半導体人材育成ネットワークを全国展開。

↓

2030年

政府のAI・半導体支援10兆円超の成果を第三者機関が検証。Ministry of Economy, Trade and Industry

投資額ではなく、

技術・雇用・生産能力・経済効果

で評価。

↓

2032年

半導体、AI、ロボット、データセンター、電力を一体化した産業クラスターを複数地域へ。

↓

2035年

「半導体を買う国」から、「世界が日本から買いたくなる技術を持つ国」へ。

完全自給ではなく、

世界から切り離せない日本

をつくります。


14|2035 日本再設計白書への位置付け

これまでのテーマが、ここで一本につながります。

人口減少

↓

働き手不足

↓

AI・ロボットによる省人化

↓

大量の計算需要

↓

半導体

↓

データセンター

↓

電力

↓

経済安全保障

つまり、

半導体政策は単なる「工場誘致」ではありません。

日本の人口減少、エネルギー、安全保障、産業競争力をつなぐ、

2035年の国家基盤そのもの

なのです。


今日の提言

日本は「半導体の完全自給」を目指すのではなく、経済安全保障上不可欠な技術を選別し、半導体・AI・ロボット・データセンター・電力・人材を一体化した「国家デジタル産業基盤」を2035年までに構築すべきである。

政府が2030年度までに10兆円以上を支援するのであれば、

「何兆円投資したか」

ではなく、

日本にどんな技術が残ったのか。
どんな企業が育ったのか。
何人の技術者が生まれたのか。
海外から供給を止められても社会を維持できるのか。

ここまで検証する必要があります。

産業政策の成功は、

補助金の額ではなく、補助金がなくなった後にも産業が生き残れるか

で判断すべきです。


読者への問い

日本政府はAI・半導体分野へ2030年度までに10兆円以上の公的支援を行う方針です。Ministry of Economy, Trade and Industry

あなたは、

経済安全保障のためなら、半導体企業への巨額の税金投入を支持しますか。

それとも、

失敗リスクの高い民間企業へ国家が巨額資金を投入することには慎重であるべきだ

と考えますか。

そしてもう一つ。

2035年、日本が目指すべきなのは、

「何でも国内で作れる国」でしょうか。

それとも、

「日本にしか作れないものを持ち、世界から必要とされる国」でしょうか。


Reference|主な参考資料

経済産業省「半導体・デジタル産業戦略(2026年6月改訂)」
経済産業省「AI・半導体産業基盤強化フレーム」
経済産業省「AIロボット・フィジカルAIを見据えたマルチモーダル基盤モデル開発事業」
U.S. Department of Commerce「CHIPS Incentives / TSMC Arizona」
European Commission「European Chips Act」
European Commission「Strengthening Europe’s tech sovereignty」

Japan Compass|Vol.010
第七部 半導体・AI・経済安全保障

日本の未来を、事実から照らす羅針盤。

Ministry of Economy, Trade and IndustryCommerce.govEuropean Commission

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