2035年、日本の「電力」を国家インフラとして再設計する
――AI・データセンター時代に、安い・強い・止まらない電力網をつくれるか
2026年8月19日|2035 日本再設計プロジェクト
昨日の#016では、「人が足りない国」をどう運営するかを考えました。
AI、ロボット、自動運転、遠隔医療、介護テクノロジー、物流自動化――。
これらは、人手不足を補う重要な手段です。
しかし、ここで一つ大きな問題があります。
その社会を動かす電力は、十分にあるのでしょうか。
人口が減れば電力需要も減ると思われがちですが、現実には逆の動きが始まっています。
電力広域的運営推進機関の2026年1月の需要想定では、人口減少や省エネによる減少を、データセンターや半導体工場などの需要増加が上回り、2025~2035年度の需要電力量は年平均0.5%増える見通しです。資源エネルギー庁の最新資料では、2025年度8,034億kWhから2035年度8,461億kWhへの増加が示されています。Occto
つまり2035年の日本では、
「人口は減る。しかし電気はもっと必要になる」
可能性が高いのです。
今日は2035日本再設計白書でまだ十分に扱っていなかった、エネルギー安全保障と次世代電力網を考えます。
Executive Summary
2024年度の日本のエネルギー自給率は16.3%でした。前年度の15.3%から改善したものの、依然として極めて低い水準です。エネ庁
一方、政府が2025年2月に閣議決定した第7次エネルギー基本計画では、2040年度の発電電力量を1.1~1.2兆kWh程度と想定し、電源構成をおおむね、
再生可能エネルギー:4~5割
原子力:約2割
火力:3~4割
とする方向を示しています。経済産業省
重要なのは、単に発電所を増やすことではありません。
Japan Compassは2035年までに、
発電+送電網+蓄電+需要配置+地域分散
を一つのシステムとして設計する、
「Energy Grid 2035」
を提案します。
1|日本最大の弱点は「電気が作れない」ことではない
日本には、
太陽光
風力
水力
地熱
原子力
があります。
問題は別のところにあります。
エネルギーを大量に海外から輸入しなければ社会を維持できない構造です。
2023年度時点で、日本の一次エネルギー供給の8割以上は輸入依存度の高い化石エネルギーでした。エネ庁
つまり、
中東情勢。
海上輸送。
為替。
LNG価格。
国際紛争。
こうした日本国内では制御できない出来事が、電気代や産業競争力に直結します。
エネルギー政策は環境政策だけではありません。
国家安全保障そのものです。
2|ところが2035年、日本はさらに電気を使う
ここに新しい問題が加わります。
AIです。
生成AIを動かすデータセンター。
半導体工場。
EV。
自動運転。
ロボット。
工場の電化。
これらはすべて電力を必要とします。
資源エネルギー庁によれば、2023年時点で国内データセンターの約90%が面積ベースで東京圏と大阪圏に集中しています。エネ庁
これは電力だけの問題ではありません。
巨大地震。
停電。
通信障害。
水不足。
土地不足。
送電網不足。
こうしたリスクも東京・大阪へ集中します。
3|「発電所を作れば終わり」ではない
再生可能エネルギーを増やす場合、必ず出てくる問題があります。
電気をどう運ぶのか。
例えば北海道や東北には大きな再エネポテンシャルがあります。
しかし大量に発電できても、東京まで送れなければ意味がありません。
電力広域的運営推進機関は2050年を見据えた広域系統マスタープランを策定し、北海道―本州、東北―東京、東京―中部などの連系設備増強を進めています。Occto
さらに2025年には中国―九州間の新たな連系設備について、2039年3月の運用開始を目指す計画も策定されました。Occto
ここで注目したいのは時間です。
送電線は、
「必要になってから作る」では遅いインフラ
なのです。
4|電力を「需要地へ運ぶ」という常識を逆転させる
政府のGX2040ビジョンには非常に興味深い考え方があります。
「エネルギー供給に合わせた需要の集積」
です。エネ庁
これまで日本は、
東京に工場やデータセンターを作る
↓
地方で発電する
↓
東京まで電気を運ぶ
という発想でした。
しかし2035年は、
地方で大量の電気を作れる
↓
そこへ電気を大量に使う産業を持っていく
という逆転が可能です。
北海道で再エネが余るなら、
データセンター。
AI計算拠点。
半導体関連産業。
水素製造。
蓄電池産業。
などを立地させる。
政府も、電力と通信を一体で考える**「ワット・ビット連携」**を進めています。エネ庁
これは地方創生にも直結します。
5|2035年の電力網は「巨大発電所→家庭」だけではない
これまでの電力システムは、
巨大発電所
↓
送電線
↓
変電所
↓
家庭・企業
という一方向型でした。
2035年は違います。
住宅の太陽光。
地域蓄電池。
EV。
工場。
データセンター。
地域マイクログリッド。
これらが相互に電気を融通します。
EVは単なる自動車ではなく、
「巨大な移動式蓄電池」
にもなります。
災害時には学校、病院、避難所へ電力を供給する。
昨日まで議論した「共生City」にも、この仕組みを組み込みます。
6|原子力をどう考えるか
ここは避けられない論点です。
第7次エネルギー基本計画では、2040年度の原子力比率を約2割と想定しています。関東経済産業局
原子力の利点は明確です。
大量発電。
低炭素。
天候に左右されにくい。
燃料備蓄が可能。
一方で、
重大事故リスク。
廃炉。
使用済燃料。
最終処分。
建設期間。
建設費。
地域合意。
という問題があります。
したがってJapan Compassでは、
「原発か再エネか」
という二択を取りません。
2035年までの現実的な移行期では、安全性を確認した既存原発を利用しながら、再エネ・蓄電・送電網を急速に拡大する方が、エネルギー安全保障上は合理的だと考えます。
ただし原子力依存を前提に再エネ・系統投資を遅らせることも避けるべきです。
7|再生可能エネルギーにも弱点がある
再エネは重要です。
しかし万能ではありません。
太陽光は夜に発電しません。
風力は風がなければ発電しません。
大量導入には、
送電網。
蓄電池。
需給調整。
土地。
地域合意。
設備更新。
廃棄・リサイクル。
が必要です。
さらに太陽光パネルや蓄電池のサプライチェーンを海外へ大きく依存すれば、
化石燃料依存を減らしても、新しい海外依存を作る
可能性があります。
脱炭素と経済安全保障は同時に考える必要があります。
8|海外事例――英国は「発電」ではなくシステム全体を変えようとしている
参考になるのがイギリスです。
英国政府の「Clean Power 2030 Action Plan」は、2030年にクリーン電源で年間需要を賄える規模を確保し、通常年の発電量の少なくとも95%をクリーン電源とする方向を掲げています。GOV.UK
興味深いのは、発電所だけを議論していないことです。
送電網。
系統接続。
蓄電。
柔軟性。
市場制度。
人材。
サプライチェーン。
立地計画。
まで一体で扱っています。
英国政府によれば、2030年までに必要な新規送電インフラは、過去10年間に建設した規模のおよそ2倍です。GOV.UK
さらに2050年までを対象とした初の戦略的空間エネルギー計画も進めています。GOV.UK
日本も「何%を再エネにするか」という議論だけでは足りません。
どこで作り、どこへ運び、どこで使うのか。
国土設計まで踏み込む必要があります。
9|Japan Compass政策提案
Energy Grid 2035
Japan Compassでは5本柱を提案します。
① 国内電源を最大化する
再エネ、原子力、水力、地熱など、輸入燃料への依存度が低い電源を最大限活用します。
② 全国送電網を国家インフラとして先行投資する
発電所が完成してから送電線を考えるのではなく、2035~2050年の需要を予測して先に整備します。
③ 地域マイクログリッドを整備する
病院、学校、避難所、スーパー、介護施設などを地域電源・蓄電池で結びます。
災害時には中央系統から切り離して地域単独で運転できるようにします。
④ 電力消費産業を地方へ誘導する
データセンターやAI計算拠点などを、電力供給余力のある地域へ誘導します。
⑤ EV・住宅・蓄電池を電力網に組み込む
家庭を単なる消費者ではなく、
「発電+蓄電+消費」
を行う電力ノードに変えます。
10|電力料金を「地方創生政策」にする
ここから一歩踏み込みます。
例えば再エネ電力が豊富な地域では、
一定条件を満たす企業に安価な地域電力を供給する。
その代わり、
地元雇用。
設備投資。
地域インフラ負担。
人材育成。
を求める。
つまり、
安い電気そのものを企業誘致政策にする。
地方自治体が企業へ補助金を渡し続けるより、
「ここへ来れば長期間、安定した電力を確保できる」
という方が産業政策として強力な場合があります。
11|共生Cityにも「エネルギー自立区」を作る
#014の2035共生Cityにも接続します。
住宅。
学校。
スーパー。
診療所。
介護施設。
Family Support Center。
公共交通。
これらに、
太陽光。
蓄電池。
EV。
非常用電源。
地域電力管理AI。
を組み込みます。
平常時は電気代を抑える。
災害時には、
最低72時間~1週間程度、重要サービスを地域内で維持できる街
を目標にする。
これは脱炭素政策ではありません。
防災政策です。
12|AIを電力の「消費者」だけにしない
AIは大量の電力を使います。
しかし同時に、
天気。
電力需要。
太陽光発電量。
EV充電。
蓄電池残量。
工場稼働。
電力価格。
などを予測し、
電力網そのものを最適化できます。
例えば、
電気が余る時間にEVを充電する。
不足する時間には充電を止める。
工場の一部工程を安価な時間帯へ移す。
蓄電池から放電する。
つまりAIは、
電力需要を増やす原因であると同時に、電力網を効率化する技術
でもあります。
13|反対意見・副作用
この構想にも問題があります。
送電網整備には巨額の投資が必要です。
その費用は最終的に電気料金や税負担へ反映される可能性があります。
再エネ設備を地方へ集中すれば、景観、森林、漁業、環境との衝突が起こります。
原発再稼働・新設には安全性と地域合意の問題があります。
データセンターを地方へ誘致しても、大規模な常用雇用を必ず生むとは限りません。
地域別電力料金を強く打ち出せば、都市部との公平性も問題になります。
そして何より、
電源を増やしても送電・蓄電・調整力が追いつかなければシステムは成立しません。
だからこそ単一技術への賭けではなく、電力システム全体を設計する必要があります。
14|2035日本再設計ロードマップ
2027年|全国エネルギー地図
発電余力、送電容量、災害リスク、産業用地、水資源、通信網を一つのGISに統合。
2028年|Energy Grid特区
北海道、東北、九州など複数地域で、再エネ+蓄電+産業誘致を実証。
2029年|共生Cityマイクログリッド実証
住宅・医療・介護・教育・スーパー・EVを地域電力網で接続。
2030年|全国送電網投資加速
北海道―本州、東北―東京、中部―関西、中国―九州などの広域連系を国家インフラとして加速。
2031年|データセンター立地制度改革
電力・水・通信・災害リスクを基準に立地誘導。
2032年|EV電力網統合
V2H・V2Gを標準化し、EVを分散型蓄電池として活用。
2033年|地域電力AI運用
需要予測・蓄電・EV・再エネをAIで統合制御。
2035年|Energy Grid 2035
「どれだけ発電できるか」から、
「災害や国際危機が起きても、社会を止めずに電力を供給できるか」
へ国家エネルギー指標を進化させます。
15|2035日本再設計白書での位置付け
直近の流れを整理すると、
#013
少子化・家族形成――次世代をどう増やすか
#014
2035 共生City――世代をどう支え合うか
#015
インフラ・トリアージ――何を残すか
#016
Workforce 2035――誰が社会を動かすか
そして#017は、
Energy Grid 2035――その社会を何で動かすか
です。
これで、
人口
↓
暮らし
↓
国土インフラ
↓
労働力
↓
エネルギー
という2035日本再設計の基盤部分がつながってきます。
今日の提言
2035年のエネルギー政策は、「どの発電方式が正しいか」を争うことではない。
日本という国を、止まらない電力システムに作り替えることである。
太陽光だけでもない。
原子力だけでもない。
火力だけでもない。
必要なのは、
発電。
送電。
蓄電。
通信。
AI。
EV。
産業立地。
防災。
を一つの国家インフラとして考えることです。
日本はエネルギー資源の乏しい国です。
しかし、
太陽、風、水、地熱、原子力、技術、そして全国をつなぐ電力網を組み合わせれば、エネルギーに弱い国であり続ける必要はありません。
2035年までの9年間は、その転換を始める最後の大きな時間帯になると思います。
読者への問い
もしあなたの住む街が、
巨大地震によって外部からの電力供給を失ったとしても、
病院。
スーパー。
通信。
水道。
介護施設。
避難所。
そして自宅。
これらを地域の電力だけで数日間維持できるとしたらどうでしょうか。
電気は普段、コンセントの向こう側にあるものです。
しかし2035年には、
「自分たちの地域の電気を、どこで作り、どう蓄え、どう守るか」
まで考える時代になるのかもしれません。
データ出典・参考資料
資源エネルギー庁「エネルギー動向2025―エネルギー自給率」
資源エネルギー庁「エネルギー白書2025―DX・GXを踏まえたエネルギー・産業政策」
電力広域的運営推進機関「2026年度 全国及び供給区域ごとの需要想定」
英国政府「Clean Power 2030 Action Plan」
英国政府「Strategic plan for long-term energy infrastructure」
Japan Compass #017
2035 日本再設計プロジェクト|エネルギー安全保障・次世代電力網

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