「個別避難計画」があっても、災害時に支援する人はいるのか
――2026年、全国の計画作成率は15.1%。高齢者・障害者の避難を支える仕組みと、地域の責任を考える
2026年11月4日|2035日本再設計プロジェクト|地方創生・防災・避難支援編
ある地方都市に、一人暮らしの高齢女性がいるとします。
年齢は82歳。
長年住んできた自宅で生活しています。
買い物には近所の人が付き添ってくれることがあります。
介護サービスも利用しています。
ただし、一人で長い距離を歩くことは難しくなっています。
自宅は、川から少し離れた住宅地にあります。
普段は静かな地域です。
しかし、大雨が続いた場合には、周辺で浸水が発生する可能性があります。
ある日、市役所から連絡がありました。
災害時の避難について、個別の計画を作成したいというのです。
本人は了承しました。
担当者が自宅を訪問します。
避難先を確認します。
どのような支援が必要なのかを聞き取ります。
そして、避難を手伝う人の候補として、近所に住む人の名前が挙がりました。
こうして、個別避難計画が作成されました。
本人も、家族も、少し安心したかもしれません。
しかし、ここで考えてみたいことがあります。
もし、実際に大雨が降ったらどうなるのでしょうか。
避難を手伝う予定だった人が、仕事で外出しているかもしれません。
その人の自宅も、浸水の危険にさらされているかもしれません。
あるいは、家族を避難させる必要があるかもしれません。
その場合、誰が高齢女性を支援するのでしょうか。
別の人が代わりに来てくれるのでしょうか。
市役所へ連絡すれば、すぐに迎えが来るのでしょうか。
それとも、自宅で安全を確保する方が適切な場合もあるのでしょうか。
ここに、個別避難計画の難しさがあります。
計画書に支援者の名前が記載されていることと、実際の災害時にその人が支援できることは、同じではありません。
もちろん、計画が無意味だという話ではありません。
むしろ、災害が起きる前に、本人の状況や避難方法を確認しておくことには大きな意味があります。
しかし、計画書ができたことで、避難できることまで保証されたと考えてよいのでしょうか。
日本では、2021年の災害対策基本法改正によって、個別避難計画の作成が市町村の努力義務となりました。
そして2026年、全国すべての市町村で、少なくとも一人分の計画が作成される段階に到達しました。
これは重要な前進です。
一方、名簿に掲載された人のうち、個別避難計画が作成されている人の割合は、全国で15.1%です。
さらに、計画を作成した後に、それをどのように利用するかという課題もあります。
今日のJapan Compassでは、計画を作ることから、災害時に実際に避難できることへ、どのように進めるべきかを考えます。
Executive Summary
結論から言います。
Japan Compassは、個別避難計画について、作成率の向上と同時に、計画を実行するための条件を確認する必要があると考えます。
ただし、地域住民へ避難支援を義務付けることを提案するものではありません。
また、すべての避難行動要支援者について、行政が必ず迎えに行くことを保証する制度を提案するものでもありません。
大規模災害では、道路が通行できなくなる場合があります。
消防や救急の人員が不足することもあります。
自治体職員自身が被災する可能性もあるでしょう。
さらに、近隣住民にも、自分自身や家族の安全を守る必要があります。
そのため、誰か一人が必ず助けに来ることを前提にした計画では、十分とはいえません。
一方、避難に支援が必要な人に対して、すべて自己責任で対応するよう求めることも適切ではありません。
必要なのは、本人の状況、地域の災害リスク、支援できる人や機関の能力を確認し、複数の選択肢を準備することです。
2026年4月1日時点の全国調査では、次の結果が示されています。
| 指標 | 2026年の公表値 | 意味 |
|---|---|---|
| 調査対象市町村 | 1,741団体 | 全国の調査対象 |
| 避難行動要支援者名簿の作成 | 全市町村 | 名簿の作成状況 |
| 個別避難計画を1件以上作成した市町村 | 全市町村 | 未作成団体が解消 |
| 避難行動要支援者名簿の掲載人数 | 6,696,718人 | 全国の名簿掲載者 |
| 基準日時点で個別避難計画がある人数 | 1,014,017人 | 現時点の計画作成人数 |
| 全国の計画作成率 | 15.1% | 名簿掲載人数を分母とする割合 |
| 計画作成率20%以下の市町村 | 911団体 | 全国の52.3% |
| 計画作成率1%以下の市町村 | 217団体 | 全国の12.5% |
出典:内閣府・消防庁、2026年6月29日公表。調査基準日は2026年4月1日。
まず重要なのは、二つの指標を区別することです。
全国すべての市町村で個別避難計画が作成されたことは、全国の対象者全員について計画が完成したという意味ではありません。
また、15.1%という全国平均についても、慎重に読む必要があります。
これは名簿掲載者全体に対する計画作成人数の割合です。
災害リスクが特に高く、個別避難計画を優先的に作成する必要がある人について、15.1%しか対応できていないと断定することはできません。
市町村によって、名簿への掲載基準や地域の災害リスクが異なるからです。
しかし、計画の作成が十分に進んでいない自治体が多く存在することは確認できます。
また、計画が作成されていても、その計画を使って実際に避難できるかどうかは、別の検証が必要です。
Japan Compassは、今回、四つの改善を提案します。
第一に、災害リスクと本人の状態に応じて、計画作成の優先順位を明確にすること。
第二に、避難を手伝う人が対応できない場合を想定し、代替手段を確認すること。
第三に、地域住民の任意の協力と、行政・福祉専門職などの責任を区別すること。
第四に、計画の作成件数だけでなく、訓練や実際の災害でどのように機能したかを評価することです。
目指すのは、紙の上で完成した計画ではありません。
避難が必要になったとき、その人が自分に合った方法で安全を確保できる可能性を高めること。
それが今回の提案です。
1|全国すべての市町村で計画が作成された。しかし、対象者の15.1%にとどまる
まず、2026年の調査結果を詳しく見てみます。
2026年6月29日、内閣府と消防庁は、避難行動要支援者名簿と個別避難計画の作成状況を公表しました。
調査対象は1,741市町村です。
調査基準日は、2026年4月1日でした。
今回の調査では、重要な変化が確認されました。
前回の2025年4月1日時点では、個別避難計画を一件も作成していない市町村が50団体ありました。
割合は2.9%です。
しかし、2026年4月1日時点では、未作成の市町村が解消されました。
全国すべての市町村で、少なくとも一件の個別避難計画が作成されたということです。
これは評価するべき進展だと思います。
一方、名簿掲載者全体を見ると、状況は異なります。
全国の避難行動要支援者名簿には、6,696,718人が掲載されています。
このうち、基準日時点で個別避難計画が作成されている人は1,014,017人です。
割合は15.1%でした。
ここで、もう一つ数字を確認します。
これまでに個別避難計画が作成された人数の累計は、1,649,203人でした。
しかし、この累計には、施設入所などによって基準日時点では避難行動要支援者に該当しなくなった人も含まれています。
そのため、累計164万人と現在の101万人を単純に引き算して、計画が失効した人数や計画を失った人数を推計することは適切ではありません。
私は、ここで二つのことを考える必要があると思います。
一つは、計画作成が全国の自治体へ広がったことです。
もう一つは、計画を必要とする個々の人への対応が、今後も続くということです。
自治体として一件でも計画を作成すれば、未作成自治体ではなくなります。
しかし、その地域に住む避難行動要支援者全員の問題が解決したわけではありません。
自治体が計画作成を始めたことと、必要な人に計画が届いていることを区別する必要があります。
2|計画作成率20%以下の自治体が、過半数を占めている
次に、市町村ごとの状況です。
2026年の調査では、個別避難計画の作成率が20%以下の市町村は911団体でした。
全国の52.3%です。
また、作成率が1%以下の市町村は217団体でした。
全国の12.5%です。
ただし、217団体は、20%以下の911団体に含まれています。
したがって、二つの数字を足してはいけません。
一方、作成率が80%を超えた自治体は257団体でした。
全国の14.8%です。
ここで分かるのは、市町村によって計画の作成状況に大きな違いがあることです。
しかし、私は、計画作成率が高い自治体を単純に優れていると判断するべきではないと思います。
例えば、名簿に掲載する人の基準が異なる場合があります。
災害時に自力避難が困難と判断される人の範囲も、自治体によって違う可能性があります。
また、洪水の危険が大きい地域と、土砂災害の危険が大きい地域では、必要な避難方法が異なります。
さらに、住民が密集している都市部と、住宅が分散している地域でも、支援者の確保条件が違うでしょう。
例えば、同じ100人の名簿掲載者がいる地域でも、そのうち自宅の災害リスクが高く、早期避難が必要な人の人数は異なる場合があります。
そのため、全国一律に、名簿掲載者全員へ同じ内容の計画を作成することが、常に合理的とは限りません。
重要なのは、誰から優先的に計画を作成するべきかという判断です。
2021年の制度改正後、国は、市町村が優先度の高い人について、おおむね5年程度で個別避難計画の作成に取り組むことを示してきました。
ただし、これは個々の人の避難支援が5年以内に必ず完成することを法的に保証するものではありません。
私は、ここで名簿全体の作成率と、特に優先度の高い人への対応状況を分けて確認することが重要だと思います。
3|名簿と個別避難計画は、何が違うのか
ここで、制度の基本を整理します。
日本では、2013年の災害対策基本法改正によって、市町村が避難行動要支援者名簿を作成することが義務化されました。
その後、2021年の改正によって、個別避難計画の作成が市町村の努力義務となりました。
この二つは、似ているようで役割が異なります。
まず、避難行動要支援者名簿です。
これは、災害時に自力で避難することが難しく、特に支援が必要な人を把握するための名簿です。
例えば、高齢者です。
身体に障害がある人もいます。
難病などによって、避難に特別な支援が必要な人もいるでしょう。
ただし、名簿への掲載基準は市町村によって異なります。
一方、個別避難計画は、名簿に掲載された人について、具体的な避難方法を考えるものです。
例えば、自宅の位置です。
どのような災害の危険があるのでしょうか。
避難先はどこでしょうか。
そこまで移動するには、どのような支援が必要なのでしょうか。
本人が自力で移動できる距離も関係します。
車椅子が必要な場合もあるでしょう。
医療機器を利用している人もいます。
こうした状況を確認します。
そして、必要に応じて、誰が避難支援を行うのかを検討します。
つまり、名簿は支援が必要な人を把握するためのものです。
個別避難計画は、その人がどのように安全を確保するかを考えるものです。
私は、この違いが重要だと思います。
名簿が完成していても、具体的な避難方法が確認できていない場合があります。
また、個別避難計画が完成していても、実際に支援できる人や移動手段が確保されているとは限りません。
名簿の作成、個別避難計画の作成、実際の避難支援は、それぞれ別の段階なのです。
4|2026年の調査で見えた、支援者確保と実施体制の課題
ここで、私は今回の調査で特に注目したい数字があります。
470団体です。
2026年の調査では、個別避難計画に関する取組として、計画作成や避難支援などに協力してもらえる人の確保に取り組んでいると回答した市町村が470団体ありました。
また、避難訓練を実施するなど、計画の実効性確保に取り組んでいると回答した市町村は309団体でした。
さらに、避難支援などの実施体制の整備に取り組んでいると回答した市町村は231団体でした。
ただし、ここで注意が必要です。
この調査は、市町村が実際に取り組んでいる項目を回答したものです。
したがって、470団体以外の自治体には支援者がいないという意味ではありません。
また、309団体以外では訓練が一切行われていないと断定することもできません。
しかし、計画作成と同時に、支援者や実施体制を整備する必要があることは明らかです。
例えば、ある地域で100人分の個別避難計画が完成したとします。
しかし、支援者として協力できる人が、十分に確保できていない場合です。
このとき、計画書が100件存在していても、実際の避難支援には制約が残ります。
反対に、地域住民の協力が十分に得られる場合もあるでしょう。
しかし、大雨や地震によって、その人たち自身が被災する可能性もあります。
そのため、計画を作成するだけでなく、実際にどの程度の支援を行えるのかを確認することが必要です。
私は、ここを今後の政策評価で重視したいと思います。
5|避難を手伝う人には、どこまで責任があるのか
ここで、難しい問題があります。
それは、避難支援者の責任です。
例えば、ある高齢者の個別避難計画に、近所の住民が避難支援者として記載されたとします。
その人は、普段から高齢者と交流があります。
災害時には、できる範囲で声を掛けることにしました。
しかし、実際に災害が発生したとき、その人自身の自宅にも危険が迫っていました。
家族を避難させる必要もあります。
では、その人は、自分や家族の危険を顧みず、高齢者の自宅まで迎えに行かなければならないのでしょうか。
私は、そう考えるべきではないと思います。
地域住民の協力は重要です。
しかし、支援する側にも、自分自身と家族の安全を守る必要があります。
政府の防災白書でも、避難支援を行う人自身と、その家族の安全を優先することが示されています。
また、状況によっては、無理に移動するのではなく、屋内で安全を確保することが適切な場合もあります。
ただし、洪水、土砂災害、津波などでは、屋内にとどまることが危険な場合もあるため、災害の種類と建物の条件を確認する必要があります。
さらに、避難支援者が対応できず、本人に救助が必要な場合には、消防などの機関へ救助を求める連絡を行うことも考えられます。
ここで重要なのは、支援者として名前が記載されたことによって、その人があらゆる状況で避難を完了させることを保証するわけではないということです。
ただし、具体的な事故が発生した場合の法的責任については、個々の契約、役割、行為、過失の有無などによって判断されるため、一律に免責されると断定することもできません。
私は、地域住民へ協力を求める際には、こうした点を丁寧に説明する必要があると思います。
支援に協力することと、支援の結果を必ず保証することは違います。
この違いを曖昧にすれば、協力する人が不安を感じる可能性があります。
反対に、避難する本人が、必ず助けが来ると誤解する可能性もあります。
だからこそ、計画書には、支援者が対応できない場合の対応も含めて考える必要があるのです。
6|支援者が来られない場合、誰が対応するのか
ここで、具体的な場面を考えてみます。
ある地域に、一人暮らしの高齢者がいます。
普段は、近所の人が避難支援に協力する予定です。
しかし、災害時にはその人が不在でした。
この場合、どうするべきでしょうか。
私は、最初から一人の支援者だけに依存しない方法を検討する必要があると思います。
例えば、家族が対応できる場合があります。
近隣住民が協力できる場合もあるでしょう。
また、地域の自主防災組織などが、必要な情報を把握している場合もあります。
さらに、介護サービスを利用している人については、本人の状態をよく知る福祉専門職が、計画の作成に関わることも考えられます。
ただし、福祉専門職が計画作成に協力したからといって、災害時に必ず自宅へ迎えに行く責任を負うわけではありません。
通常の業務契約や職務の範囲があります。
災害時には、担当する専門職自身が被災する可能性もあります。
そのため、計画を作成する人と、実際に避難を支援する人の役割を区別することが必要です。
また、代替する支援者を用意すれば、すべての問題が解決するわけではありません。
例えば、同じ地域に住む人たちが、全員同じ災害に遭う場合です。
支援者を二人に増やしても、二人とも避難できない可能性があります。
だからこそ、支援者の人数だけでなく、支援方法そのものを考える必要があります。
例えば、早い段階で避難を始める方法です。
安全な地域に住む家族の協力を得る場合もあります。
自宅の条件によっては、屋内での安全確保が適切な場合もあるでしょう。
ただし、こうした判断は、本人の状況と地域のハザードを確認して行う必要があります。
私は、ここで重要なのは、特定の誰かに頼ることではなく、実際に利用できる選択肢を確認することだと思います。
7|本人の同意と個人情報を、どう扱うべきか
個別避難計画では、個人情報も重要な問題になります。
例えば、高齢者の住所です。
身体の状態です。
介護サービスの利用状況も関係する場合があります。
さらに、医療機器や薬についての情報が必要になることもあります。
こうした情報は、災害時の避難支援に役立つ可能性があります。
しかし、誰にでも自由に公開してよいわけではありません。
日本では、避難行動要支援者名簿への掲載と、平時から外部の避難支援関係者へ情報を提供することは、別の手続です。
2026年6月29日の内閣府・消防庁通知でも、名簿への掲載自体には本人の同意が不要である一方、平時からの外部提供については、条例に特別の定めがある場合などを除き、本人などの同意が必要であることが示されています。
つまり、行政が支援のために名簿を作成することと、その情報を地域住民などへ提供することでは、法律上の扱いが異なるのです。
2026年の調査では、平時から避難支援関係者へ名簿情報を提供している市町村は1,642団体でした。
割合は94.3%です。
一方、名簿掲載者全体に占める、平時から情報が提供されている人の割合は39.9%でした。
ここで、二つの数字を区別する必要があります。
94.3%は市町村単位の割合です。
39.9%は名簿掲載人数を分母とする割合です。
また、情報が提供されていない人について、全員が支援を拒否しているとは限りません。
同意の取得状況や自治体の運用など、さまざまな理由が考えられます。
私は、ここで重要なのは、本人が安心して情報提供を判断できることだと思います。
例えば、誰に情報が渡るのか。
何のために使われるのか。
どのような情報が必要なのか。
それを説明できることが重要です。
また、支援者へ渡す情報についても、必要な範囲に限定するべきでしょう。
避難を手伝うために必要な情報と、本人の医療情報をすべて共有することは、同じではありません。
個人情報を守ることと、災害時に必要な情報を共有すること。
この二つを両立する必要があります。
8|計画が完成した後、避難訓練は行われているのか
ここで、私はもう一つ重要なことがあると思います。
それは、訓練です。
例えば、ある高齢者について個別避難計画が作成されたとします。
避難先も決まっています。
支援者も決まっています。
では、実際にその経路を移動したことがあるでしょうか。
例えば、自宅の玄関から道路まで移動する場合です。
段差があるかもしれません。
車椅子では通れない場所がある可能性もあります。
また、避難先の建物に階段しかない場合もあるでしょう。
こうした問題は、地図上で計画を作成するだけでは十分に確認できない場合があります。
2026年の全国調査では、避難訓練を実施するなど、個別避難計画の実効性確保に取り組んでいると回答した自治体は309団体でした。
しかし、この数字だけでは、全国で何人の要支援者が訓練を経験したかは分かりません。
また、訓練を実施した自治体でも、対象者全員が参加したとは限りません。
そのため、今後は訓練の内容を確認する必要があると思います。
例えば、本人が実際に移動したのでしょうか。
支援者は、必要な支援方法を理解できたのでしょうか。
避難経路に問題はなかったのでしょうか。
そして、訓練を受けて計画を修正したのでしょうか。
ただし、私は、すべての高齢者や障害者に対して、同じ規模の避難訓練への参加を義務付けるべきではないと思います。
健康状態によっては、訓練そのものが負担になる場合があります。
また、移動の困難さを考慮する必要もあるでしょう。
そのため、本人の状態に応じて、無理のない方法を選択する必要があります。
例えば、家族や支援者と経路を確認する方法があります。
避難先の設備だけを確認することも考えられます。
本人の負担が小さい範囲で、短い距離を移動する訓練もできるでしょう。
2026年6月29日の政府通知でも、避難経路の確認などに内容を絞った訓練や、親しみやすい形での「ひなんさんぽ」といった方法が紹介されています。
これは、既に政府が示している取組です。
Japan Compassが新しく考案した制度ではありません。
重要なのは、計画が実際に利用できるかを、本人の安全と負担に配慮しながら確認することです。
9|海外事例:カナダでは、複数人の支援ネットワークを推奨している
海外の取組も参考になります。
カナダのブリティッシュコロンビア州では、PreparedBCという防災情報・啓発の仕組みがあります。
2026年1月23日に更新された州政府の案内では、高齢者や障害のある人について、一般的な防災準備に加え、本人の状況に応じた準備が必要であることが示されています。
例えば、医療機器です。
薬の情報も重要です。
必要な移動手段も関係します。
そして、信頼できる支援ネットワークを作ることが推奨されています。
特徴的なのは、少なくとも3人の信頼できる支援者を考えるよう案内していることです。
例えば、家族です。
近隣住民もいるでしょう。
介護を支援している人が関わる場合もあります。
ただし、この3人という人数は、ブリティッシュコロンビア州の防災準備における推奨です。
日本の個別避難計画について、法律上3人以上の支援者を確保しなければならないという意味ではありません。
また、カナダの制度を、そのまま日本の災害対策基本法に基づく個別避難計画と同じものとして扱うこともできません。
制度の位置付けが異なるからです。
それでも、私は参考になる考え方があると思います。
それは、一人の支援者だけに依存しないことです。
例えば、支援を予定していた人が不在の場合です。
別の人と連絡を取れるかもしれません。
また、遠方の家族を連絡先として確保しておくことにも意味があります。
ただし、複数の名前を計画書に記載すれば、必ず避難できるわけではありません。
支援者自身の安全があります。
交通や通信の問題もあります。
重要なのは、人数の多さではなく、実際に使える支援の選択肢です。
私は、この考え方を、日本の個別避難計画の運用を考える際にも参考にできると思います。
賛否|避難支援を地域住民に頼ってよいのか
ここで、二つの考え方があります。
一つは、災害時には地域住民の協力が必要だという意見です。
私は、この考え方には合理性があると思います。
例えば、大規模な地震が発生した場合です。
道路が損傷しているかもしれません。
消防や救急が、すぐに到着できない可能性があります。
そのようなとき、近くに住む人が状況を確認することには意味があります。
普段から交流している人であれば、必要な支援を理解している場合もあるでしょう。
一方、慎重な意見もあります。
地域住民には、自分自身と家族の生活があります。
災害時には、支援する側も危険にさらされる可能性があります。
そのため、地域住民へ事実上の義務を負わせることは適切ではないでしょう。
さらに、地域によっては、近隣住民も高齢化しています。
支援を必要とする人が多い一方、支援できる人が少ない場合もあるかもしれません。
そのような地域で、住民同士の助け合いだけに依存することには限界があります。
では、すべて行政が対応するべきでしょうか。
これについても、簡単な答えはありません。
自治体職員には人数の制約があります。
災害時には、避難所の開設や被害情報の収集など、多くの業務が発生します。
また、消防や救急にも、それぞれの役割があります。
私は、ここで重要なのは、地域住民と行政のどちらか一方に、すべての責任を負わせないことだと思います。
例えば、地域住民には、可能な範囲での声掛けや情報提供への協力をお願いすることができます。
一方、専門的な移送や医療的な対応については、適切な機関や専門職の関与が必要になる場合があります。
また、自治体には、必要な計画を作成し、支援体制の整備を進める役割があります。
ただし、個々の事案について、誰がどのような法的義務を負うかは、制度や契約、具体的な状況によって異なります。
そのため、曖昧な「地域の責任」という言葉だけで説明するべきではないと思います。
住民の任意の協力と、行政・専門職が担うべき役割を区別すること。
それが重要です。
Japan Compass政策提案
「計画を作る」から「計画を使える状態にする」へ
今回の提案では、新しい全国的な避難支援機関を設立することを前提にしません。
日本には、既に災害対策基本法があります。
避難行動要支援者名簿があります。
個別避難計画の制度もあります。
また、自治体や福祉専門職、地域の関係者が協力して計画作成を進める仕組みも存在しています。
2026年6月29日の政府通知でも、計画作成の促進、訓練の実施、実際の災害後の検証などが示されています。
したがって、今回必要なのは、既存制度を活用しながら、その実効性を評価することです。
提案①|作成率だけでなく、優先度の高い人への対応を確認する
第一に、計画作成の優先順位です。
全国の計画作成率は15.1%でした。
しかし、名簿掲載者全員について、同じ時期に、同じ内容の計画を作成することが合理的とは限りません。
例えば、浸水の危険が高い地域に住み、自力での避難が難しい人がいるとします。
一方、比較的安全な場所に住み、家族の支援を受けられる人もいるでしょう。
それぞれ、必要な対応が異なります。
そこで、地域の災害リスクと本人の避難能力を確認し、優先順位を整理します。
ただし、障害の種類や年齢だけで、一律に優先順位を決めるべきではありません。
本人の生活環境や、実際に必要な支援を確認することが重要です。
また、優先順位を付けることは、優先度が低いと判断された人を永久に支援対象から外すことではありません。
必要な情報を提供し、状況に応じて計画を見直すことが重要です。
計画が何件できたかだけでなく、特に支援を必要とする人に適切に対応できているか。
これを第一の提案とします。
提案②|支援者が対応できない場合の選択肢を確認する
第二に、代替手段です。
例えば、個別避難計画に支援者が記載されたとします。
その人が対応できる場合には、支援を行います。
しかし、不在や被災によって対応できない可能性もあります。
その場合に備えて、別の連絡先や支援方法を確認します。
ただし、すべての人について複数の住民支援者を必ず確保するという提案ではありません。
地域によっては、それが難しい場合もあるからです。
例えば、早期避難によって支援者の負担を減らす方法があります。
家族が離れた場所に住んでいる場合には、事前の連絡方法を確認することも考えられます。
また、支援者が対応できず、緊急の救助が必要な場合には、どの機関へ連絡するのかを確認します。
ただし、消防などへ連絡すれば、必ず直ちに救助が到着するという意味ではありません。
大規模災害では、救助資源にも制約があります。
だからこそ、事前の準備が重要です。
私は、特定の支援者を一人決めることよりも、その人が対応できない場合を考えておくことに意味があると思います。
提案③|地域住民の協力を、事実上の義務にしない
第三に、支援する人の役割です。
例えば、近所の住民が避難支援に協力する場合です。
その人は、自分自身と家族の安全を守る必要があります。
災害の状況によっては、支援できないこともあります。
だからこそ、協力を求める際には、役割と限界を説明する必要があります。
また、専門的な介助が必要な場合には、福祉専門職などの知識が重要になることもあります。
しかし、福祉専門職が計画作成に関わったことと、災害時に必ず避難支援を実施することは同じではありません。
それぞれの契約や職務の範囲があります。
私は、こうした役割を曖昧にするべきではないと思います。
例えば、住民ができることは、声掛けや安否確認かもしれません。
専門職ができることは、本人の身体状況を踏まえた計画作成への助言かもしれません。
自治体には、それらの関係者をつなぎ、必要な計画を整える役割があります。
ただし、実際の災害時には、すべてが予定どおりに進むとは限りません。
そのため、支援者が対応できない場合を想定する必要があります。
任意の協力を尊重しながら、支援を必要とする人の安全確保を考えること。
これを第三の提案とします。
提案④|計画作成後の訓練・更新・実災害での活用を評価する
第四に、政策評価です。
例えば、ある自治体で個別避難計画が1,000件作成されたとします。
それは重要な実績です。
しかし、その後どうなったのでしょうか。
本人の身体状況が変化した場合があります。
支援者が転居した場合もあるでしょう。
避難先の施設が利用できなくなった場合もあるかもしれません。
そのような場合、計画を更新する必要があります。
また、実際に訓練を行った場合には、何が分かったのでしょうか。
避難経路に問題があったのでしょうか。
移動時間が想定より長かったのでしょうか。
必要な介助方法が、支援者へ十分に伝わっていなかったのでしょうか。
こうしたことを確認する必要があります。
さらに、実際の災害が発生した場合には、個別避難計画がどのように利用されたかを検証することが重要です。
ただし、災害が発生しなかった地域について、実際の避難成功率を求めることはできません。
また、被害の大きさが地域ごとに異なるため、避難できた人数だけを単純に比較することも適切ではありません。
そこで、平時には計画の更新状況や訓練の結果を確認します。
災害発生後には、可能な範囲で実際の利用状況を確認します。
そして、得られた情報を、次の計画改善へつなげます。
作成した計画を、使える状態に保ち続けること。
これを第四の提案とします。
財源・実施主体・制約
今回の政策提案を実施する場合、中心となるのは市町村です。
災害対策基本法に基づく避難行動要支援者名簿の作成と、個別避難計画の作成に関する取組は、市町村が担っています。
ただし、すべての仕事を市町村職員だけで行うわけではありません。
例えば、福祉専門職が計画作成に協力する場合があります。
地域の関係者から情報を得ることも考えられます。
また、都道府県には、市町村の取組を支援する役割があります。
2026年6月29日の政府通知では、都道府県による市町村支援の枠組みを利用した、個別避難計画の活用・作成促進事業についても示されています。
2026年度には18都道府県が採択されました。
この事業では、計画作成の促進に加え、避難訓練などを活用した実効性の向上が図られています。
つまり、今回提案する「計画を使える状態にする」という方向についても、政府の取組は既に始まっています。
Japan Compassが独自に新制度を創設するという提案ではありません。
ここで、財源について確認します。
政府の2026年版防災白書では、個別避難計画の作成経費について、2021年度に地方交付税措置が講じられ、2026年度も継続していることが示されています。
また、2026年6月29日の政府通知でも、普通交付税措置について説明されています。
ただし、普通交付税は、個別避難計画を一件作成するごとに、自治体へその費用が直接交付される出来高払いの補助金ではありません。
自治体が実際に必要な費用をどのように予算化し、支出しているかは、別途確認する必要があります。
例えば、計画作成に必要な費用です。
本人への聞き取りがあります。
専門職が関わる場合には、その時間も必要です。
地域の関係者との調整にも時間がかかります。
さらに、計画の更新や訓練にも費用が必要になるでしょう。
そこで、まず既存の制度の中で、どのような費用が発生しているかを確認します。
一件の計画を作成するために、何時間の作業が必要だったのでしょうか。
専門職への委託費用が発生したのでしょうか。
また、作成後の更新に、どの程度の負担があるのでしょうか。
こうした情報が必要です。
ただし、今回の全国調査だけでは、全国一律の追加予算額を算定することはできません。
地域によって、対象者の状態や災害リスクが異なるからです。
また、計画作成率が低い自治体について、単純に予算が不足していると断定することもできません。
専門人材の不足かもしれません。
支援者の確保が難しいのかもしれません。
個人情報の共有について、調整が必要なのかもしれません。
したがって、必要な支援を決める前に、原因を確認することが重要です。
さらに、もう一つ制約があります。
それは、災害の不確実性です。
計画を十分に準備していても、予想を超える災害が起きる可能性があります。
道路が使えない場合があります。
避難先が被災する可能性もあります。
支援者自身が避難しなければならない場合もあるでしょう。
だからこそ、計画を作成したことで安全を保証するのではなく、避難できる可能性を高めることを目標にする必要があるのです。
2035ロードマップ
2026~2027年|優先度の高い人への計画作成状況を確認する
まず、2026年4月1日時点の全国調査を基準に、市町村ごとの状況を確認します。
全国で個別避難計画の未作成自治体が解消したことは、評価するべき進展です。
しかし、名簿掲載者全体に対する計画作成率は15.1%でした。
そこで、特に優先度の高い人について、必要な計画がどこまで作成されているかを確認します。
ただし、単純な全国順位だけで自治体を評価することは避けます。
地域の災害リスクや、名簿への掲載基準が異なるからです。
重要なのは、支援の必要性に応じた対応です。
2027~2029年|支援者と代替手段を確認する
次に、個別避難計画に記載されている避難方法について、実際の対応可能性を確認します。
例えば、支援者が不在の場合です。
別の人が対応できるのでしょうか。
あるいは、より早い段階で避難する方が合理的なのでしょうか。
また、本人の状態によっては、専門的な移送や医療対応が必要になる場合もあります。
その場合には、適切な機関との連携を確認します。
ただし、地域住民へ一律に支援義務を課すことは前提にしません。
任意の協力を尊重しながら、実際に利用できる選択肢を増やすことを目指します。
2029~2031年|本人の負担に配慮した訓練を進める
次に、作成した計画について、無理のない方法で実効性を確認します。
例えば、避難経路の確認です。
避難先の設備を確認することもあります。
支援者との連絡方法を確認することも重要です。
ただし、すべての人へ同じ訓練を義務付けるわけではありません。
本人の健康状態や生活環境に配慮する必要があります。
重要なのは、訓練によって課題を把握し、必要な計画の修正につなげることです。
2031~2033年|計画の更新と実際の災害での利用状況を検証する
さらに、計画が作成された後の状況を確認します。
例えば、本人の身体状況が変化した場合です。
支援者が転居した場合もあります。
避難先が変わった場合もあるでしょう。
そのようなとき、計画が適切に更新されているかを確認します。
また、実際の災害が発生した場合には、計画がどのように利用されたかを検証します。
ただし、災害の規模や地域条件が異なるため、避難成功率だけで自治体を単純に順位付けするべきではありません。
必要な安全確保ができたかを、具体的な条件とともに確認することが重要です。
2033~2035年|支援を必要とする人が、安心して暮らせる地域へ
2035年に目指したいのは、すべての人の避難を行政や地域住民が必ず保証する社会ではありません。
どのような制度があっても、災害時には限界があります。
しかし、事前に必要な情報を確認し、利用できる支援を整理することには意味があります。
本人の意思を尊重すること。
支援する側の安全も守ること。
専門職の役割を明確にすること。
そして、計画を作成した後も、必要な更新や訓練を続けること。
そうした仕組みが重要です。
計画を作ったことで安心するのではなく、必要なときに安全を確保できる可能性を高め続ける社会。
それを、2035年の日本に向けた目標にしたいと思います。
2035日本再設計白書での位置付け
今回の#094は、第七部「地方創生」に位置付けます。
関連する横断テーマは、防衛、医療、人口、行政、財政です。
これまでのJapan Compassでは、災害や地域の生活について、複数の問題を扱ってきました。
#014では、共生City構想を通じて、高齢者、子育て世帯、医療、介護、住宅などを含めた生活圏のあり方を考えました。
#036では、防衛と国民保護、社会継続について検証しました。
#041では、気候変動への適応を扱いました。
#054では、先島諸島からの住民避難について、航空・船舶による輸送と、避難先での生活継続を検証しました。
そして、#078では、災害時のトイレ環境について考えました。
今回の#094は、それらとは異なる問題です。
広域避難の輸送能力を再検証するものではありません。
避難所の設備を増やすという総論でもありません。
また、地域住民の助け合いを無条件に拡大する提案でもありません。
自力での避難が難しい一人ひとりについて、既存の個別避難計画が実際に利用できる状態になっているかという問題です。
私は、これを地方創生の重要な各論として扱いたいと思います。
なぜなら、地域に住み続けられることと、災害時に安全を確保できることは、深く関係しているからです。
例えば、長年住んできた自宅があります。
近所に知人もいます。
生活にも慣れています。
しかし、高齢になり、一人での避難が難しくなりました。
その場合、災害の危険があるという理由だけで、住み慣れた地域からの移転を一律に求めることが適切でしょうか。
私は、そう簡単に考えるべきではないと思います。
もちろん、自宅の危険が極めて高く、安全な生活を続けることが難しい場合には、移転を検討する必要があるかもしれません。
しかし、その場合にも、本人の意思や生活の条件を尊重する必要があります。
一方、現在の自宅で生活を続ける場合には、必要な防災対策を考えることが重要です。
例えば、危険が迫る前に避難する方法です。
支援者との連絡方法を確認することもできます。
また、災害の種類によっては、自宅で安全を確保するための対策が必要になるでしょう。
こうしたことを、一人ひとりの状況に応じて考える必要があります。
ここで、共生City構想との接続があります。
ただし、今回の個別避難計画を、新しい共生Cityの制度として発明するものではありません。
日本には既に、法律に基づく個別避難計画があります。
共生Cityのような生活圏の構想を考える場合には、その既存制度を、医療や福祉、地域防災の仕組みとどのように連携させるかが課題になります。
そして、地域住民の協力は任意であることを尊重します。
専門職の責任も、契約や職務の範囲に応じて整理する必要があります。
さらに、本人がどこに住むかという選択を、必要以上に制限するべきではありません。
地域で安心して暮らすことと、災害時に必要な安全を確保すること。
その両方を考える必要があると思います。
今日の提言
私は、今回の個別避難計画を調べながら、一つ大切なことがあると思いました。
それは、誰かが助けてくれるという安心と、実際に助けを受けられるということは、同じではないということです。
例えば、一人暮らしの高齢者がいるとします。
普段から近所の人が気に掛けてくれています。
買い物を手伝ってくれる場合もあります。
体調を心配して、声を掛けてくれることもあるでしょう。
私は、こうした人間関係には大きな意味があると思います。
地域で安心して暮らすためには、身近な人とのつながりも重要だからです。
しかし、災害時には状況が変わります。
普段は助けてくれる人が、自分自身の避難で精いっぱいになるかもしれません。
家族の安全を守らなければならない場合もあります。
そのようなとき、高齢者はどうすればよいのでしょうか。
私は、ここを事前に考えておく必要があると思います。
もちろん、すべての状況を予測することはできません。
地震が発生する時間も分かりません。
大雨によって、どの道路が通れなくなるかも、必ず予測できるわけではありません。
しかし、事前に確認できることはあります。
例えば、自宅の災害リスクです。
避難先です。
そこまで移動する方法です。
そして、どのような支援が必要なのかです。
こうしたことを確認するために、個別避難計画があります。
私は、この制度を重要だと思います。
しかし、計画書が完成したことだけで、すべての問題が解決するわけではありません。
例えば、支援者として名前が記載された人がいるとします。
その人は、できる範囲で協力したいと考えています。
しかし、災害時には、自分の家族も危険にさらされる可能性があります。
その人へ、必ず迎えに行くよう求めることは適切でしょうか。
私は、そうは思いません。
支援する人にも、自分自身と家族の安全があります。
その安全を無視して、他人の避難を義務付けるべきではないと思います。
しかし、だからといって、避難に支援が必要な人へ、すべて自己責任で対応するよう求めることも違うでしょう。
必要なのは、その間にある現実的な方法です。
例えば、一人の支援者が対応できない場合を考えておくことです。
別の人へ連絡できるかもしれません。
また、災害が大きくなる前に避難を始めることができる場合もあるでしょう。
自宅で安全を確保できる条件が整っている場合もあります。
ただし、そうした判断は、災害の種類や本人の状況によって異なります。
だからこそ、個別避難計画が必要なのだと思います。
ここで、今回の2026年の調査を思い出します。
全国の1,741市町村すべてで、個別避難計画が少なくとも一件作成されました。
未作成の自治体は解消しました。
これは、評価するべき進展です。
しかし、名簿掲載者全体に対する計画作成率は15.1%です。
そして、計画作成率が20%以下の自治体は、全国の半数を超えています。
私は、この数字を見て、制度が無意味だと考えるべきではないと思います。
むしろ、全国で制度が広がったことを評価しながら、次の課題を考える必要があると思います。
例えば、誰を優先して計画を作成するのでしょうか。
計画を作成した人について、どのような支援が可能なのでしょうか。
そして、支援者が対応できない場合には、どうするのでしょうか。
私は、この三つを具体的に考えたいと思います。
また、もう一つ重要なことがあります。
それは、計画の更新です。
例えば、計画を作成したときには、自分で歩けた人がいるとします。
しかし、数年後には車椅子が必要になるかもしれません。
また、支援者が転居する可能性もあります。
避難先の施設が変わることもあるでしょう。
その場合、以前の計画をそのまま使ってよいのでしょうか。
私は、そうではないと思います。
計画は、作成した後も、必要に応じて見直す必要があります。
ただし、すべての人について頻繁な訪問調査を行えば、自治体や専門職の負担が大きくなる可能性があります。
そのため、本人の状態や地域の状況に応じて、合理的な方法を考える必要があります。
例えば、普段の福祉サービスとの連携が可能な場合もあるでしょう。
本人や家族から変更を伝えてもらう方法もあります。
ただし、情報共有には本人の同意や個人情報の保護が関係します。
そのため、すべての情報を自由に共有するべきではありません。
必要な情報を、必要な人へ、適切に伝えることが重要です。
そして、最後にもう一つ考えたいことがあります。
それは、自治体の評価です。
例えば、ある自治体で個別避難計画が1,000件作成されたとします。
別の自治体では500件でした。
では、1,000件作成した自治体の方が優れているのでしょうか。
必ずしもそうとは限りません。
地域の人口が異なります。
名簿掲載者の人数も異なります。
災害リスクも違うでしょう。
さらに、支援が必要な人の状況も異なります。
そのため、件数だけで評価するべきではないと思います。
私は、必要な人へ適切に計画が作成されているかを確認したいと思います。
そして、計画を作成した後に、実際に利用できる状態になっているかも確認する必要があります。
例えば、避難経路を確認したでしょうか。
支援者が対応できない場合を考えたでしょうか。
本人が、必要な情報を理解できているでしょうか。
こうしたことです。
私は、これを新しい制度を大量に作ることで解決するべきだとは思いません。
日本には、既に個別避難計画があります。
政府の支援事業も存在しています。
必要なのは、その制度を実際に機能させることです。
そして、地域の実情に応じて改善していくことだと思います。
2035年の日本では、高齢化がさらに進んでいる地域もあるでしょう。
一人暮らしの人が増えている地域もあるかもしれません。
また、人口減少によって、地域の担い手が不足している可能性もあります。
そのような社会では、災害時の避難を、誰か一人の善意だけに依存することは難しくなるでしょう。
だからこそ、私は、個別避難計画の実効性を高める必要があると思います。
もちろん、計画を作成しても、すべての災害から人を守れるわけではありません。
しかし、事前に必要な準備を行うことで、避難できる可能性を高められるかもしれません。
私は、そこに政策の意味があると思います。
支援する人の善意を当然の義務にしない。
同時に、支援が必要な人を、計画書だけで安心させない。
その両方を大切にする必要があります。
読者への問い
最後に、少し想像してみてください。
あなたの近所に、一人暮らしの高齢者がいるとします。
その人は、災害時に自力で避難することが難しい状態です。
市役所が個別避難計画を作成することになりました。
そして、近所に住むあなたへ、避難支援に協力できないかという相談がありました。
あなたなら、どうするでしょうか。
普段から知っている人だから、できる限り協力したいと思うかもしれません。
しかし、大きな災害が起きたときには、あなた自身や家族の安全も守らなければなりません。
そのような状況で、必ず避難を手伝うと約束できるでしょうか。
私は、簡単に約束することは難しいと思います。
一方、高齢者の立場から考えてみます。
市役所が計画を作成しました。
支援者の名前も記載されています。
その人は、安心したかもしれません。
しかし、実際の災害時に、その支援者が対応できない場合もあります。
そのとき、どうすればよいのでしょうか。
別の人へ連絡する方法があります。
早い段階で避難することも考えられます。
場合によっては、自宅で安全を確保する方が適切かもしれません。
ただし、災害の種類や建物の条件によって、必要な判断は異なります。
だからこそ、事前に考えておく必要があります。
ここで、自治体の立場も考えてみます。
避難行動要支援者名簿があります。
個別避難計画を作成する必要があります。
しかし、職員の人数には限りがあります。
地域住民の協力にも限界があります。
福祉専門職にも、通常の仕事があります。
その中で、誰から優先的に計画を作成するべきでしょうか。
どこまで行政が対応するべきでしょうか。
また、地域住民の任意の協力を、どのように位置付けるべきでしょうか。
私は、ここに簡単な答えはないと思います。
しかし、考え続けなければならない問題です。
最後に、読者の皆さんへ質問があります。
あなたは、災害時に自力で避難することが難しい人について、行政はどこまで避難支援を担うべきだと思いますか。
地域住民の協力を前提にするべきでしょうか。
それとも、行政や専門機関による支援体制を、さらに充実させるべきでしょうか。
そして、支援を行う人自身の安全を、どのように守るべきなのでしょうか。
私は、地域住民の善意に無条件で依存するべきではないと思います。
一方、すべての避難を行政が保証できると考えることも、現実的ではありません。
だからこそ、本人の状況に応じた計画が必要です。
そして、計画を作成した後も、必要な確認と改善を続ける必要があります。
計画書に名前を書くことと、その人の命を守るために実際に動けることを、どうつなげるか。
それが、今日のJapan Compassの問いです。
データ出典・参考資料
1.内閣府・消防庁「避難行動要支援者名簿及び個別避難計画の作成等に係る取組状況の調査結果」
2026年6月29日公表。調査基準日:2026年4月1日。
今回の中心的な統計資料です。
調査対象は全国1,741市町村です。
個別避難計画の未作成自治体が解消されたこと、名簿掲載者6,696,718人、基準日時点の計画作成人数1,014,017人、作成率15.1%などを確認しました。
また、作成率20%以下の市町村911団体、1%以下の市町村217団体という区分を確認しています。
https://www.bousai.go.jp/taisaku/hisaisyagyousei/r8chosa.html
https://www.bousai.go.jp/taisaku/hisaisyagyousei/pdf/r8chosa1.pdf
2.内閣府・消防庁「避難行動要支援者の避難確保に向けた名簿情報の提供・活用及び個別避難計画の作成・活用について」
2026年6月29日通知。
今回の制度運用に関する中心資料です。
名簿情報の更新、平時からの情報提供、本人の同意、優先度の高い人への計画作成、本人・家族による記入、避難訓練、災害後の検証などについて確認しました。
また、2026年度の個別避難計画活用・作成促進事業で18都道府県が採択されたこと、普通交付税による財政措置についても確認しました。
この通知は、地方自治法に基づく技術的助言であり、新しい法的義務を創設するものではありません。
https://www.bousai.go.jp/taisaku/hisaisyagyousei/horei_tsuchi/pdf/260629_tuchi.pdf
3.内閣府「令和8年版 防災白書」
2026年版。
個別避難計画の作成について、2021年の災害対策基本法改正、優先度の高い人への計画作成、2025年6月の取組指針更新、2026年度の地方交付税措置、自治体支援事業などを確認しました。
https://www.bousai.go.jp/kaigirep/hakusho/r08/honbun/1b_1s_02_05.html
4.内閣府「令和7年版 防災白書」
2025年版。
避難支援を行う人自身と家族の安全を優先すること、屋内安全確保も避難の選択肢となること、支援者が対応できない場合の救助機関への連絡などについて確認しました。
本稿では、避難支援者があらゆる状況で法的責任を免れるとは説明していません。
https://www.bousai.go.jp/kaigirep/hakusho/r07/honbun/1b_1s_02_04.html
5.宮城県「避難行動要支援者への支援について」
2026年7月9日掲載。
避難行動要支援者名簿と個別避難計画の違い、対象となる人の考え方、避難先や避難経路、必要な支援内容、計画作成に関する制度を確認しました。
https://www.pref.miyagi.jp/soshiki/hohusom/hinankoudoushien.html
6.カナダ・ブリティッシュコロンビア州「Make your emergency plan」
2026年1月23日更新。
高齢者や障害のある人が災害に備えるための方法を確認しました。
特に、複数の信頼できる支援者によるネットワーク、医療情報の準備、移動や通信の支援などを参考にしました。
ただし、カナダの防災準備ガイダンスと、日本の法律に基づく個別避難計画を同じ制度として扱っていません。
https://www2.gov.bc.ca/gov/content/safety/emergency-management/preparedbc/make-your-plan
7.Japan Compass 関連過去記事
今回の#094では、共生Cityの総論、安全保障と国民保護、気候変動への適応、先島諸島からの広域避難、避難所のトイレ環境といった過去号のテーマを繰り返さず、自然災害に備える個別避難計画の作成状況と、計画を実際に使える状態にするための支援体制に焦点を絞りました。
Japan Compass #014「2035 共生City構想」
https://japancompass.jp/2026/08/16/japan-compass014/
Japan Compass #036「2035 日本の安全保障再設計」
https://japancompass.jp/2026/09/07/japan-compass036/
Japan Compass #041「2035 日本の『気候適応』再設計」
https://japancompass.jp/2026/09/12/japan-compass041/
Japan Compass #054「先島諸島の住民避難は、『島を出た後』まで設計できているか」
https://japancompass.jp/2026/09/25/japan-compass054/
Japan Compass #078「災害時のトイレは、何人・何日分を確保できているか」
https://japancompass.jp/2026/10/19/japan-compass-078/
資料確認上の留意事項
本稿は、2026年11月4日時点で確認できる内閣府、消防庁、地方自治体、カナダ・ブリティッシュコロンビア州政府などの公表資料に基づいています。
2026年の個別避難計画作成率15.1%は、避難行動要支援者名簿に掲載された人を分母とする全国の割合です。
すべての高齢者や障害者のうち15.1%に計画があるという意味ではありません。
また、全国の市町村で未作成団体が解消されたことは、名簿掲載者全員に個別避難計画が作成されたことを意味しません。
個別避難計画の作成率についても、自治体ごとに対象者の基準や災害リスクが異なるため、単純な順位付けによって支援の質を判断することはできません。
さらに、計画が作成されたことと、実際の災害時に避難できたことは別です。
今回の全国調査だけでは、計画を利用した人の実際の避難成功率や、災害による死傷者の減少効果を確定できません。
また、避難支援者の確保に取り組んでいる470市町村、避難訓練などに取り組んでいる309市町村、実施体制の整備に取り組んでいる231市町村という数字は、自治体が回答した取組項目の集計です。
残りの自治体に支援者や訓練が存在しないと断定するための数字ではありません。
2021年の災害対策基本法改正による個別避難計画の作成努力義務、2026年6月29日の政府通知、2026年度の個別避難計画活用・作成促進事業などは、既存の制度・取組です。
Japan Compassが新しく創設したものとして扱っていません。
今回のJapan Compassの独自提案は、既存の個別避難計画制度を活用し、優先度の高い人への対応、支援者が対応できない場合の代替方法、任意の協力と専門職の役割、計画作成後の訓練・更新・実災害での活用を、一体として評価することです。

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