中小企業は、海外へ出る前に発明をどの国で守るべきか
――海外出願率は大企業34.8%、中小企業18.2%。特許の優先権12か月と、2026年の外国出願支援から考える
2026年11月1日|2035日本再設計プロジェクト|産業競争力・中小企業・知的財産編
地方に、独自の技術を持つ小さな製造会社があるとします。
従業員は15人。
大手メーカーの下請けとして、長年、精密部品を製造してきました。
ある日、現場の技術者が、新しい加工方法を考案しました。
従来よりも製造時間を短縮でき、製品の品質も安定します。
試作品を作り、何度も検証しました。
その結果、一定の性能を確認できました。
会社は、この技術について日本で特許を出願することにしました。
弁理士へ相談し、必要な手続を進めます。
そして、国内出願を終えました。
その数か月後です。
海外の企業から、問い合わせが入りました。
日本の展示会で製品を見たというのです。
その企業は、海外市場での販売を検討したいと申し出ました。
会社にとっては、大きな機会です。
これまで国内の取引先が中心だった会社が、海外へ事業を広げられるかもしれません。
しかし、そこで一つ問題が生じました。
日本で特許を出願したからといって、海外でも同じように特許で守られるわけではないのです。
例えば、米国で販売するのであれば、米国での権利取得を考える必要があります。
欧州で販売する場合には、欧州での権利取得を検討する必要があります。
中国や東南アジアで製造する場合にも、対象国の制度を確認しなければなりません。
では、すべての国で特許を取得するべきなのでしょうか。
それには費用がかかります。
翻訳が必要になる場合があります。
現地の代理人への依頼も必要です。
出願後には、審査への対応や権利維持の費用も発生します。
会社には、限られた予算しかありません。
そのため、すべての国で特許を取得することは難しいでしょう。
しかし、判断を先延ばしにすることにも問題があります。
国内出願を基礎として、海外で優先権を主張する場合には、原則として12か月以内に必要な出願を行う必要があるからです。
つまり、企業は限られた時間の中で判断しなければなりません。
どの国で販売するのか。
どの国で製造するのか。
どの企業と取引するのか。
どの技術を特許で守るのか。
そして、どこまで費用を負担できるのか。
こうしたことを考える必要があります。
しかし、中小企業には、専門の知的財産部門がない場合もあります。
経営者自身が、営業や資金繰りと並行して判断しなければならないかもしれません。
日本には、外国出願を支援する制度が既に存在しています。
それでも、海外での権利取得には、企業規模による違いがあります。
今日のJapan Compassでは、この問題を考えます。
日本で生まれた技術を、必要な海外市場で守るために、どのような判断と支援が必要なのでしょうか。
Executive Summary
結論から言います。
Japan Compassは、中小企業の海外特許取得について、単純に出願件数を増やすことを政策目標にするべきではないと考えます。
重要なのは、事業上の価値がある技術について、必要な国で、必要な時期に権利を取得できることです。
特許は、取得すれば必ず利益が生まれるものではありません。
国によって市場の規模が異なります。
競合企業の状況も異なります。
また、特許を取得しても、権利を行使するためには費用がかかる場合があります。
そのため、海外出願には経営上の判断が必要です。
2026年版の特許行政年次報告書を紹介した資料では、2025年の日本国特許庁への特許出願件数は35万8,317件とされています。
前年比16.8%の増加です。
一方、国内出願人による特許出願のうち、中小企業によるものは3万8,429件で、構成比は13.4%でした。
ただし、35万8,317件は外国出願人を含む日本国特許庁への出願総数であり、13.4%の分母とは異なります。
また、2024年の海外出願率は、大企業34.8%に対し、中小企業18.2%と紹介されています。
これは、中小企業の技術が劣っていることを意味しません。
また、海外出願をしていない企業の判断が間違っていることを示す数字でもありません。
しかし、海外で権利を取得する際の費用や専門人材、意思決定の条件に違いがある可能性を考える材料になります。
これらの数値は、特許庁の2026年版特許行政年次報告書を紹介した資料に基づいています。集計条件などの詳細は、報告書の原表で確認してください。
日本には、既にINPITによる外国出願補助金があります。
2026年度には、外国での特許出願などについて、対象経費の2分の1を補助する制度が実施されています。
特許出願については、1案件当たり150万円、1事業者当たり300万円という上限が設けられています。
ただし、対象となる経費や申請条件があり、すべての外国出願費用を無条件に補助するものではありません。
また、2026年度第4回公募は9月28日に受付を終了しています。
次の令和9年度第1回公募は、2026年11月30日から12月21日までの予定です。
ここで重要なのは、補助金の公募時期と、特許出願の期限が必ずしも一致しないことです。
補助金を待っている間に、優先権を主張できる期間が過ぎてしまう可能性があります。
一方、補助金の交付決定前に手続を進めれば、補助対象外となる費用が発生する場合もあります。
つまり、支援制度があっても、企業が適切な時期に利用できなければ、効果は限られるのです。
そこでJapan Compassは、四つの改善を提案します。
第一に、国内特許出願の早い段階で、海外出願の必要性を判断できるようにすること。
第二に、国別の出願費用だけでなく、審査・権利維持までの総費用を比較すること。
第三に、補助金の申請時期と、優先権の期限が衝突しないよう、既存の相談制度を活用して早期判断を支援すること。
第四に、補助金を利用して何件出願したかだけでなく、その後の権利取得と事業上の成果を確認することです。
目指すのは、海外特許を大量に取得することではありません。
日本の中小企業が、自らの技術を守る国と、そのために負担する費用を、合理的に選択できる社会です。
1|日本の特許出願は増えている。しかし、海外で守ることは別の問題である
まず、日本の特許出願の状況を考えます。
2025年、日本国特許庁への特許出願件数は35万8,317件でした。
前年の30万6,855件から増加しています。
ただし、この数字だけで日本の研究開発力が大幅に向上したと結論付けることはできません。
特許出願件数は、企業の知的財産戦略や出願行動によって変化するからです。
また、一つの出願が持つ経済的な価値は、それぞれ異なります。
重要なのは、出願された技術が、どのように利用されるかです。
例えば、新しい部品を開発した会社があるとします。
その部品を、日本国内で製造し、国内企業へ販売するのであれば、日本での特許取得が重要になるでしょう。
しかし、海外でも販売するのであれば、事情が変わります。
例えば、米国の企業が同じ技術を利用して製品を販売する場合です。
日本の特許権だけで、米国内の製造や販売を直接差し止められるとは限りません。
特許権は、原則として国ごとに効力が及ぶものだからです。
そのため、米国で権利を主張したいのであれば、米国での特許取得を検討する必要があります。
欧州であれば、欧州の制度を考える必要があります。
中国であれば、中国の制度を確認しなければなりません。
ここに、海外出願の難しさがあります。
特許は、世界中で一つ取得すれば、すべての国で守られるという仕組みではありません。
国や地域によって、必要な手続が異なります。
取得できる権利の範囲も、必ずしも同一ではありません。
つまり、国内出願と海外出願は、別の経営判断なのです。
私は、ここを明確にする必要があると思います。
国内で特許を出願したことは、重要な一歩です。
しかし、その技術を海外で事業化する場合には、追加の判断が必要になります。
そして、海外で権利を取得しないという判断にも、合理的な理由があり得るのです。
2|なぜ中小企業の海外出願率は、大企業より低いのか
2024年の海外出願率は、大企業34.8%、中小企業18.2%と紹介されています。
この違いについて、私は慎重に考える必要があると思います。
例えば、大企業には、知的財産を専門に扱う部署がある場合があります。
国内外の特許制度に詳しい社員がいます。
海外の法律事務所や弁理士と継続的に取引している場合もあります。
また、複数の国で事業を展開している企業では、海外市場の情報を比較的入手しやすいでしょう。
一方、中小企業ではどうでしょうか。
経営者自身が、海外出願を判断しなければならない場合があります。
知的財産の担当者が、ほかの業務と兼任している場合もあるでしょう。
さらに、外国出願には費用がかかります。
例えば、外国の特許庁に支払う手数料です。
現地代理人への費用もあります。
必要な翻訳費用も発生します。
そして、出願して終わりではありません。
審査への対応が必要になることがあります。
特許が成立した後にも、権利を維持するための費用が必要です。
つまり、海外出願は、一度費用を支払えば終わるものではないのです。
私は、この点が中小企業にとって重要な制約になる可能性があると思います。
しかし、ここで誤解してはいけないことがあります。
海外出願率が低いことは、必ずしも悪いことではありません。
例えば、国内の限られた市場だけで事業を行う会社です。
海外で販売する予定がなく、外国で同じ技術が使われることによる事業上の影響も小さいのであれば、海外特許を取得する合理性は低いかもしれません。
反対に、小さな会社でも、海外市場で大きな需要が見込まれる技術を持っている場合があります。
そのような会社では、外国での権利取得が重要になる可能性があります。
だからこそ、私は、海外出願率を単純に大企業と同じ水準へ引き上げることを目標にするべきではないと思います。
海外出願が必要な企業が、必要な国で出願できているか。
そこを確認する必要があります。
3|国内出願から12か月。なぜ時間が重要なのか
ここで、海外特許取得の制度を確認します。
特許には、パリ条約に基づく優先権という仕組みがあります。
例えば、日本で最初に特許を出願したとします。
その出願を基礎として、同じ発明について外国でも優先権を主張する場合には、原則として12か月以内に必要な出願を行います。
例えば、2026年4月1日に日本で出願したとします。
その出願を基礎として海外でも優先権を主張するのであれば、原則として2027年4月1日までに対応を検討する必要があります。
ただし、期限の計算や例外的な救済の可否は、実際の手続と対象国によって確認が必要です。
また、12か月を過ぎれば、外国出願そのものが絶対にできなくなるという意味でもありません。
優先権を主張できるかどうかと、外国での出願が可能かどうかは別の問題です。
既に発明が公開されている場合などには、新規性に関する問題も生じ得ます。
そのため、個別の判断には専門家による確認が必要です。
ここで、日本の中小企業について考えてみます。
新しい技術ができました。
日本で特許を出願しました。
しかし、海外市場について、まだ十分な情報がありません。
そこで、海外展示会へ参加しました。
外国企業から問い合わせが入りました。
技術評価を行いました。
契約条件を協議しました。
こうしたことを進めている間に、数か月が経過するかもしれません。
そして、気付いたときには、国内出願から12か月が近づいている可能性があります。
もちろん、展示会へ参加する前に、発明の公開と権利取得の関係を確認することも重要です。
発明を公開する時期によっては、外国での特許取得に影響する場合があるからです。
私は、ここで重要なのは、海外で販売することが決まってから、初めて海外特許について考えるのでは遅い場合があるということだと思います。
少なくとも、国内出願を行った時点で、海外展開の可能性を検討することには意味があります。
その段階で、すべての国へ出願する必要はありません。
しかし、どの国が候補になるのかを考えておくことはできます。
そして、判断が必要になる時期を把握しておくことが重要です。
4|PCT国際出願は、世界共通の特許ではない
海外出願を考える際に、もう一つ重要な制度があります。
PCT、特許協力条約に基づく国際出願です。
この制度では、複数の国や地域で特許取得を目指す際に、共通の国際出願手続を利用できます。
例えば、日本で最初に特許を出願した会社が、海外でも権利を取得したいと考えた場合です。
所定の期間内にPCT国際出願を行うことで、複数の国や地域での出願につながる手続を進められます。
ただし、ここで注意が必要です。
PCT国際出願をすれば、自動的に世界中で特許権が成立するわけではありません。
国際段階の手続を経た後、保護を求める国や地域の国内段階へ進む必要があります。
そして、それぞれの特許庁が、その国や地域の法律に基づいて審査します。
つまり、最終的に権利を取得するためには、国や地域ごとの手続が必要です。
一般的には、優先日から約30か月という時期が、国内段階へ移行する際の重要な目安になります。
ただし、国や地域によって期限が異なる場合があるため、具体的な確認が必要です。
PCT制度には、企業にとって重要な利点があります。
それは、海外のどの国へ進むかを判断するための時間を確保しやすいことです。
例えば、最初の国内出願時には、米国と欧州のどちらで販売するか決まっていなかったとします。
PCT国際出願を利用することで、事業計画や海外市場の状況を検討しながら、その後の国内段階への移行先を選ぶことができます。
ただし、判断できる時間が増えることと、費用が不要になることは違います。
PCT国際出願にも費用がかかります。
さらに、各国の国内段階へ進めば、追加の費用が必要です。
したがって、PCT国際出願は、すべての中小企業にとって必ず最適な方法とは限りません。
例えば、最初から一つの外国でしか権利を取得する予定がない場合には、別の出願方法が合理的になる可能性もあります。
重要なのは、事業計画に合った方法を選択することです。
どの国で、いつ、どのような権利を取得するのか。
私は、その判断を支えることが必要だと思います。
5|2026年、日本には外国出願を支援する制度がある
ここで、日本の既存制度を確認します。
中小企業の外国出願を支援する制度として、INPIT外国出願補助金があります。
INPITは、独立行政法人工業所有権情報・研修館です。
知的財産に関する相談や支援を行う公的機関です。
外国出願補助金では、一定の条件を満たす中小企業やスタートアップ、大学などを対象として、外国での知的財産権取得に必要な費用の一部を補助します。
対象には、特許だけでなく、実用新案、意匠、商標なども含まれます。
2026年度の出願支援では、外国出願に必要な対象経費の2分の1を補助する仕組みが設けられています。
特許出願では、1案件当たり150万円以内。
1事業者当たりでは、300万円以内という上限があります。
ただし、これらは上限額です。
すべての申請者が必ず上限額を受け取れるわけではありません。
また、補助対象となる経費や申請要件があります。
例えば、外国特許庁へ支払う手数料です。
代理人費用や翻訳費用なども、条件に応じて対象となる場合があります。
一方、出願後のすべての費用が、同じ補助金によって負担されるわけではありません。
そこで重要になるのが、公募時期です。
2026年度の第4回公募は、9月7日から9月28日まで実施されました。
現在は受付を終了しています。
そして、INPITは次の公募予定を公表しています。
令和9年度第1回は、2026年11月30日から12月21日まで。
第2回は、2027年3月1日から3月19日まで。
第3回は、2027年6月7日から6月28日までです。
また、2026年度の中間手続補助については、2026年12月14日までの受付期間が設定されています。
ただし、中間手続補助には、既に採択された案件などについて、別途適用条件があります。
すべての外国出願事業者が自由に利用できる制度ではありません。
私は、こうした支援制度が存在することを重要だと思います。
しかし、ここで一つ問題があります。
特許の出願期限と、補助金の公募時期が一致するとは限らないということです。
例えば、国内出願から12か月の期限が、2026年11月中旬に迫っていたとします。
しかし、次の補助金公募開始は11月30日です。
その場合、補助金の募集が始まるまで待つという判断は、優先権の確保に影響する可能性があります。
反対に、補助金の交付決定前に外国出願の手続を進めると、その費用が補助対象外となる場合もあります。
だからこそ、制度の利用条件と、特許出願の期限を、両方確認する必要があります。
私は、ここに中小企業支援の重要な課題があると思います。
6|補助金があっても、外国特許の総費用は分からない場合がある
ここで、費用についてもう少し考えます。
外国出願補助金は、企業の初期負担を軽減するための制度です。
しかし、特許に関する費用は、出願時だけに発生するものではありません。
例えば、ある中小企業が米国で特許を取得したいと考えたとします。
まず、出願のための書類を準備します。
必要な翻訳を行います。
現地代理人へ依頼します。
出願します。
その後、審査が進みます。
審査の過程で、特許庁から拒絶理由が通知される場合があります。
その場合には、必要な応答を行います。
明細書や請求項の内容を検討する必要があるかもしれません。
そして、特許が成立した場合でも、権利を維持するための費用が必要になります。
さらに、模倣品が現れた場合にはどうでしょうか。
相手方に対して権利を主張するために、専門家へ相談する必要が生じるかもしれません。
場合によっては、訴訟費用も必要になります。
もちろん、すべての特許で訴訟が発生するわけではありません。
また、特許を取得したからといって、必ず権利侵害が起こるわけでもありません。
しかし、海外で特許を取得する判断では、こうした可能性も考える必要があります。
私は、ここで重要なのは、出願費用だけを比較しないことだと思います。
例えば、出願時の費用が比較的低い国があったとします。
しかし、権利維持費用が高い場合もあるでしょう。
反対に、出願時の費用が高くても、重要な市場で強い権利を確保できる可能性があります。
そのため、単純に最も安い国へ出願すればよいという問題ではありません。
また、特許を取得する目的も確認する必要があります。
競合企業による模倣を防ぎたいのか。
取引先への技術供与を考えているのか。
ライセンス収入を得たいのか。
あるいは、投資家や取引先へ技術の独自性を示したいのか。
目的によって、適切な出願先は異なる可能性があります。
外国特許の価値は、取得した国の数だけでは判断できません。
どの国で、何を守り、それが事業にどう役立つのか。
そこまで考える必要があります。
7|海外事例:EUは中小企業の知的財産取得費用を支援している
海外の制度も参考になります。
欧州連合、EUでは、欧州委員会の取組として、欧州連合知的財産庁、EUIPOが「SME Fund 2026」を実施しています。
これは、中小企業の知的財産権取得を支援する制度です。
2026年の制度は、2月2日から12月4日までの期間を基本として実施されています。
ただし、予算がなくなった場合には、予定より早く受付が終了することがあります。
支援対象には、商標、意匠、特許、植物品種などがあります。
特許については、対象となる費用の最大75%を補助する仕組みがあります。
ただし、すべての特許関連費用が75%補助されるという意味ではありません。
対象となる手続や費用、補助上限などが定められています。
また、制度の対象者にも条件があります。
基本的には、EU域内などの対象地域に設立された中小企業を支援する制度です。
そのため、日本の中小企業が、同じ条件で直接利用できる制度として説明することは適切ではありません。
それでも、参考になる点があります。
例えば、補助金の申請と、知的財産権取得の手続を区別していることです。
補助金の交付決定を受けた後、対象となる知的財産サービスを利用し、費用の還付を申請する仕組みになっています。
つまり、補助金の手続を、知的財産権取得の実務と接続しています。
もちろん、日本のINPIT外国出願補助金でも、申請や交付決定、実績報告などの手続があります。
そのため、EUだけが特別な仕組みを持っているわけではありません。
しかし、私は、支援制度の利用可能性を考える際には、補助率だけでなく、手続の順序と所要時間を確認することが重要だと思います。
例えば、必要な特許出願の期限が迫っている場合です。
補助金の申請に時間がかかれば、企業は難しい判断を迫られます。
補助金を待つべきか。
自費で先に出願するべきか。
それとも、その国への出願を見送るべきか。
こうした判断が必要になるからです。
補助金の金額だけでなく、企業が必要とする時期に利用できるか。
私は、そこを政策の評価対象にする必要があると思います。
賛否|中小企業の海外特許取得を、もっと補助するべきか
ここで、二つの考え方があります。
一つは、中小企業の海外特許取得を、さらに支援するべきだという意見です。
私は、この考え方には合理性があると思います。
中小企業には、独自の技術を持つ会社があります。
例えば、製造業です。
加工技術。
材料技術。
部品の構造。
生産設備。
こうした分野で、大企業にはない専門性を持つ企業があります。
しかし、海外市場へ進出する際に、知的財産権を取得する費用が大きな負担になる場合があります。
そのため、費用の一部を補助することには意味があります。
また、知的財産権の取得によって、海外企業との交渉を進めやすくなる可能性もあります。
ただし、ここで慎重な意見もあります。
例えば、海外で特許を取得する予定がある中小企業に対して、出願費用を広く補助したとします。
その結果、海外出願件数は増えるかもしれません。
しかし、その特許が事業で利用されなければ、どのような効果があるのでしょうか。
さらに、取得した特許を維持するための費用が、企業の経営を圧迫する場合もあるでしょう。
また、国の補助金を利用する以上、財政負担も考える必要があります。
すべての技術について、すべての国で権利を取得することを支援すれば、費用が大きくなる可能性があります。
私は、ここで単純な結論を避けたいと思います。
中小企業は海外で権利を守るべきだから、できるだけ多くの出願へ補助金を出す。
あるいは、特許取得は企業の経営判断だから、国は一切支援する必要がない。
どちらも、それだけでは十分ではありません。
重要なのは、支援が必要な企業と、支援することの効果を確認することです。
例えば、海外市場への参入が具体化している会社です。
重要な発明を持っています。
しかし、資金や専門人材が不足しているため、必要な国で特許を取得できない可能性があります。
そのような会社への支援には、政策的な意義があるでしょう。
一方、海外事業の計画がなく、権利の活用方法も明確ではない場合には、出願を見送る判断が合理的かもしれません。
私は、出願しないという判断も、正しい経営判断であり得ることを重視したいと思います。
Japan Compass政策提案
「出願件数を増やす」から「必要な市場で技術を守る」へ
今回の提案では、新しい全国的な海外特許支援機関を設立することを前提にしません。
日本には、既に特許庁があります。
INPITがあります。
知財総合支援窓口があります。
外国出願補助金もあります。
また、弁理士などの専門家による支援も存在しています。
そのため、今回の課題は、制度をゼロから作ることではありません。
既存制度を活用しながら、中小企業が海外での権利取得を適切に判断できることです。
提案①|国内出願の早い段階で、海外出願の必要性を確認する
第一に、判断の時期です。
国内で特許を出願した時点で、海外出願の可能性を考えることを提案します。
ただし、すべての企業へ、必ず海外出願を検討するよう法的に義務付けるものではありません。
例えば、海外販売の予定があるかを確認します。
海外で製造する可能性があるかも考えます。
海外の競合企業が、同じ技術を利用する可能性があるでしょうか。
こうしたことを整理します。
その上で、必要な場合には専門家へ相談します。
私は、例えば次のような段階で考える方法が合理的だと思います。
国内出願直後には、海外出願の候補国を確認する。
半年程度経過した段階で、市場や取引先の状況を再確認する。
優先権の期限が近づく前に、どの国へ進むかを判断する。
ただし、この時期はJapan Compassの提案する管理例であり、法律上の新しい期限ではありません。
特許制度上の期限とは区別する必要があります。
また、出願内容や公開予定によっては、より早い対応が必要になる場合もあるでしょう。
重要なのは、海外出願の必要性を、期限が迫ってから初めて考えないことです。
提案②|出願国ごとの総費用と事業上の価値を比較する
第二に、費用の比較です。
私は、外国出願について、出願時の費用だけで判断するべきではないと思います。
例えば、候補となる国が三つあるとします。
米国。
ドイツ。
中国。
実際の権利取得では、各国・地域の制度に応じた手続が必要ですが、ここでは事業上の候補市場として考えます。
それぞれ、製品の販売可能性が異なります。
製造拠点の有無も異なります。
競合企業の状況も違うでしょう。
そこで、出願に必要な費用だけでなく、権利取得までに必要な費用を確認します。
出願手数料。
翻訳費用。
代理人費用。
審査への対応費用。
権利維持費用。
さらに、必要な場合には権利行使に伴う費用も考えます。
ただし、将来のすべての費用を正確に予測することは難しいでしょう。
そこで、費用について一定の幅を持った見通しを示す方法が考えられます。
その上で、事業上の価値を確認します。
市場の規模。
販売予定。
製造拠点。
競合企業。
取引先との契約。
そして、特許を取得する目的です。
私は、これらを比較することで、必要な国を選びやすくなると思います。
提案③|補助金の公募と、優先権の期限を早期に照合する
第三に、支援制度の利用です。
INPIT外国出願補助金は、既に存在しています。
そのため、Japan Compassが新しく創設を提案するものではありません。
今回考えたいのは、制度を必要な時期に利用できるかという問題です。
例えば、国内出願から12か月の期限が近づいている会社です。
その会社が補助金を利用したいと考えています。
しかし、次の公募まで時間があります。
この場合、企業はどのように判断すればよいのでしょうか。
私は、既存の相談窓口を活用し、早い段階で次のことを確認するべきだと思います。
優先権の期限。
補助金の申請時期。
交付決定までに必要な手続。
補助対象となる費用。
そして、補助金を利用できない場合の資金負担です。
ただし、補助金の採択を保証することはできません。
また、交付決定前の費用が補助対象になるかどうかも、制度の要件によって確認が必要です。
重要なのは、企業が必要な情報を持った上で判断できることです。
補助金を待つことで失う可能性のある権利と、補助金を利用することで軽減できる費用を、同時に確認すること。
これを第三の提案とします。
提案④|補助金の成果を、出願件数だけで評価しない
第四に、政策評価です。
例えば、外国出願補助金を利用して、100件の海外出願が行われたとします。
それは、一定の実績です。
しかし、その数字だけで、政策が成功したと判断できるでしょうか。
例えば、その後、何件が特許として成立したのでしょうか。
何件が、企業の事業で利用されたのでしょうか。
海外企業とのライセンス契約につながった場合もあるかもしれません。
海外での販売につながった場合もあるでしょう。
一方、出願後に事業計画が変わり、権利取得を見送った場合もあるかもしれません。
私は、こうした違いを確認する必要があると思います。
ただし、特許を取得しなかったことだけで、その企業の判断が失敗だったとするべきではありません。
例えば、海外市場を調査した結果、需要が小さいことが分かった場合です。
その国での権利取得を見送ることが、合理的な経営判断になるかもしれません。
また、技術の内容によっては、特許として公開するよりも、営業秘密として管理する方が合理的な場合もあります。
そのため、海外出願件数だけでなく、企業が適切な判断を行えたかという視点が必要です。
もちろん、こうした成果を数値化することは簡単ではありません。
特許取得と売上増加の間に、直接的な因果関係があるとは限らないからです。
製品の品質。
価格。
営業力。
市場環境。
こうした要因も関係します。
だからこそ、単純に補助金を利用した企業の売上が増えたから、すべて補助金の効果だと判断することも避ける必要があります。
支援によって、企業が必要な権利を取得できたか。
そして、その権利が事業の継続や成長に、どのように関係したか。
そこを確認することが重要だと思います。
財源・実施主体・制約
今回の政策提案を実施する場合、中心となるのは既存の機関です。
特許庁は、知的財産制度の運用を担います。
INPITは、知的財産に関する相談や外国出願支援を担います。
中小企業庁も、中小企業の経営支援に関係します。
さらに、商工会議所、商工会、地域の中小企業支援機関などが関わる場合があります。
また、実際の外国出願では、弁理士や現地代理人などの専門家が重要な役割を持ちます。
私は、これらの既存の仕組みを活用するべきだと思います。
今回の提案では、新しい全国的な知的財産支援機関の設立を求めません。
まず、現在の支援制度を利用する企業が、どの段階で困っているのかを確認します。
例えば、海外出願が必要かどうかを判断する段階です。
候補国を選ぶ段階もあります。
補助金を申請する段階です。
出願後の審査へ対応する段階もあります。
それぞれ、必要な支援が異なります。
そのため、すべての企業へ同じ支援を提供することが合理的とは限りません。
財源についても、慎重な検証が必要です。
例えば、外国出願補助金の予算を増額する場合です。
そのためには、追加の財源が必要です。
しかし、現在の制度にどの程度の需要があるのかを確認する必要があります。
申請件数。
採択件数。
申請を断念した件数。
そして、企業が必要としていた支援の内容です。
こうした情報がなければ、合理的な予算額を算定できません。
また、外国出願の支援には、補助金以外の方法もあります。
例えば、専門家への相談です。
出願国を適切に選ぶことで、不必要な出願費用を減らせる可能性があります。
場合によっては、出願しないという判断によって、企業の資金を別の事業へ振り向けられるかもしれません。
そのため、私は、支援制度の予算を単純に増やすことだけが政策ではないと思います。
限られた支援予算を、どの段階へ配分することが最も合理的なのか。
そこを検証する必要があります。
さらに、重要な制約があります。
それは、外国の特許制度です。
日本政府が支援しても、外国の特許庁が必ず特許を認めるわけではありません。
特許を取得できるかどうかは、各国・地域の法律に基づいて判断されます。
また、出願している技術が、他社の権利を侵害していないことまで自動的に保証されるわけではありません。
自社が特許を取得できることと、他社の特許権を侵害せずに製品を販売できることは、別の問題です。
そのため、海外市場へ参入する場合には、必要に応じて他社権利の調査も考える必要があります。
私は、こうした制約を理解した上で、支援制度を利用することが重要だと思います。
2035ロードマップ
2026~2027年|海外出願の判断を、国内出願の早い段階へ移す
まず、既存の知財相談制度を活用し、国内出願を行った企業が海外出願の必要性を早期に確認できるようにします。
ただし、すべての企業へ海外出願を求めるものではありません。
海外事業の可能性がある企業について、必要な判断を支援します。
例えば、候補国の選定です。
事業計画の確認です。
出願費用の見通しです。
そして、優先権の期限の確認です。
また、2026年度の外国出願補助金について、実際の利用状況を確認します。
次の公募に向けて、企業が必要な準備を進められているかも検証します。
2027~2029年|出願後の費用と権利取得状況を確認する
次に、外国出願補助金を利用した企業について、出願後の状況を確認します。
例えば、特許が成立したかどうかです。
審査が継続している場合もあるでしょう。
事業計画が変わり、出願を取り下げた場合もあるかもしれません。
こうした状態を区別します。
また、出願時の費用と、その後の費用を比較します。
補助金によって初期費用を軽減できても、その後の費用が大きければ、企業の負担は残るからです。
そこで、必要に応じて支援制度の改善を検討します。
ただし、補助対象を無条件に拡大することを前提にはしません。
実際の効果と費用を確認する必要があります。
2029~2031年|海外特許が、事業にどう役立ったかを検証する
次に、権利取得後の状況を確認します。
例えば、海外企業との契約です。
技術のライセンス供与です。
海外での販売です。
競合企業との交渉に利用された場合もあるでしょう。
こうしたことを確認します。
ただし、特許を取得したことによって、必ず売上が増えるわけではありません。
そのため、特許の取得と事業成果の関係について、慎重に評価する必要があります。
また、権利を取得していない企業と単純に比較することも適切ではありません。
技術の内容や市場環境が異なるからです。
重要なのは、支援を受けた企業が、どのような判断を行い、その後どうなったかを確認することです。
2031~2033年|支援制度の費用対効果を確認する
さらに、外国出願支援に必要な公的費用を確認します。
例えば、出願補助金です。
専門家への相談支援もあります。
また、事務手続や制度運営に必要な費用もあります。
これらを整理します。
その上で、どの支援が企業にとって有効だったかを考えます。
例えば、補助金の金額を増やすことが重要だったのか。
それとも、早い段階で専門家へ相談できたことが重要だったのか。
あるいは、出願する国を適切に選べたことが重要だったのか。
こうした違いを確認します。
2033~2035年|日本の中小企業が、世界で技術を生かせる社会へ
2035年に目指したいのは、すべての中小企業が海外特許を取得する社会ではありません。
海外出願をしない企業があってもよいと思います。
国内市場を中心に事業を行う企業もあります。
特許ではなく、営業秘密などによって技術を守る企業もあるでしょう。
重要なのは、自らの技術の価値と事業計画を理解し、適切な方法を選択できることです。
そして、海外で権利を取得する必要がある場合には、必要な情報と支援を得られることです。
企業の規模だけで、海外で技術を守る機会が決まらない社会。
それを、2035年の日本に向けた目標にしたいと思います。
2035日本再設計白書での位置付け
今回の#091は、第三部「経済」に位置付けます。
関連する横断テーマは、科学技術、知的財産、中小企業、海外展開、財政です。
これまでのJapan Compassでは、日本の産業競争力や研究開発について、複数の問題を扱ってきました。
#010では、半導体・AI・経済安全保障を取り上げました。
#046では、大学研究者の研究時間と研究基盤について考えました。
#050では、政府が新技術の最初の顧客となることができるかを検証しました。
#061では、戦略技術への研究開発税制を扱いました。
#065では、大学の国際共同研究における研究セキュリティを検証しました。
#083では、大学の研究設備を学外の研究者や企業が利用できるかを考えました。
そして、#089では研究不正の調査と研究成果への信頼を取り上げました。
今回の#091は、それらとは異なる問題です。
研究資金を増やすことではありません。
研究者の時間を確保することでもありません。
政府が新技術を購入することでもありません。
また、大学の国際共同研究を管理することでもありません。
企業が保有する技術について、海外のどの市場で、どのような知的財産権を取得するべきかという問題です。
私は、これを日本の産業競争力を考える上で、重要な各論として扱いたいと思います。
日本には、独自の技術を持つ中小企業があります。
例えば、ある部品を製造する会社です。
大企業から依頼を受け、長年技術を磨いてきました。
その技術が、海外でも利用できるかもしれません。
しかし、海外市場へ出るためには、さまざまな準備が必要です。
品質の確認。
価格の設定。
輸送。
契約。
そして、知的財産権の保護です。
こうしたものを、一体として考える必要があります。
ただし、知的財産権を取得すること自体が、企業の最終目的ではありません。
重要なのは、事業を継続し、成長させることです。
特許は、そのための手段の一つです。
私は、第三部「経済」において、技術を生み出すことから、その技術を事業として生かすことまでを検証していきたいと思います。
今日の提言
私は、今回の海外特許という問題を考えながら、一つ大切なことがあると思いました。
それは、日本の企業が優れた技術を持っていることと、その技術を世界で生かせることは同じではないということです。
例えば、小さな町工場です。
長年、技術を磨いてきました。
大手メーカーでは対応できないような、特殊な加工技術を持っているかもしれません。
あるいは、新しい部品を開発した会社があるとします。
その技術は、日本国内だけでなく、海外でも役立つ可能性があります。
しかし、その会社には、専門の知的財産部門がないかもしれません。
海外の法律事務所との取引経験もないでしょう。
外国出願に必要な費用も、簡単には負担できないかもしれません。
私は、ここに中小企業の難しさがあると思います。
もちろん、すべての企業が海外へ進出する必要はありません。
国内市場で事業を続けることが合理的な場合もあります。
しかし、海外で事業を広げる可能性がある企業については、必要な情報と支援が重要になります。
そして、もう一つ考えたいことがあります。
それは、時間です。
国内で特許を出願しました。
海外市場について調査しています。
外国企業と商談しています。
そうしている間に、時間が経過します。
しかし、優先権を主張するための期限は、企業の商談が終わるまで待ってくれるわけではありません。
原則12か月という時間の中で、必要な判断を行う必要があります。
私は、この問題を、補助金だけで解決することは難しいと思います。
もちろん、外国出願補助金には意味があります。
費用の一部を軽減できるからです。
しかし、出願する国が決まっていなければ、補助金だけでは判断できません。
海外市場の価値が分からなければ、適切な予算も決められないでしょう。
また、出願後に必要な費用を理解していなければ、企業の負担が想定より大きくなる可能性もあります。
だからこそ、私は、早い段階での判断を支援することが重要だと思います。
例えば、日本で特許を出願した時点です。
その段階で、海外へ出願する必要があるかを考えます。
海外で販売する予定があるのか。
海外で製造する予定があるのか。
その市場に競合企業が存在するのか。
そして、特許を取得することによって、何を守りたいのか。
こうしたことを確認します。
もちろん、最初からすべての答えが分かるわけではありません。
事業計画は変化します。
市場も変化します。
しかし、必要な判断を行う時期を把握しておくことには意味があります。
私は、ここで、政府の支援制度の役割を考えたいと思います。
支援制度は、企業へ補助金を支給することだけが目的ではないはずです。
企業が合理的な経営判断を行えるようにすることにも意味があると思います。
例えば、海外へ出願する必要がないと判断した企業があるとします。
その会社は、不必要な出願費用を支払わずに済みました。
これは、失敗でしょうか。
私は、必ずしもそうではないと思います。
反対に、必要な国で特許を取得することを決めた企業があるとします。
その会社は、限られた予算を使って、重要な市場で権利を確保しました。
これも、合理的な判断です。
つまり、海外出願を増やすことだけが成果ではないのです。
必要な出願を行い、不必要な出願を避けること。
その両方が、企業の経営にとって重要なのではないでしょうか。
そして、もう一つ大切なことがあります。
それは、技術の価値を、特許の数だけで判断しないことです。
例えば、特許を100件持っている会社があります。
しかし、その特許が事業でほとんど利用されていないとします。
一方、特許を3件しか持っていない会社があります。
しかし、その3件が、海外の重要な市場で事業を守るために役立っています。
では、どちらが優れているのでしょうか。
特許件数だけでは判断できません。
もちろん、特許には、防衛的な意味もあります。
実際に訴訟を起こさなくても、競合企業との交渉に役立つ場合があります。
また、技術の独自性を示すことに意味がある場合もあるでしょう。
しかし、最終的には、企業の事業活動との関係を考える必要があります。
私は、2035年の日本に向けて、中小企業の知的財産戦略を、もっと経営に近いものにしていきたいと思います。
研究開発を行う。
技術を生み出す。
必要に応じて特許を出願する。
海外へ展開する場合には、対象国を選ぶ。
そして、その技術を使って事業を進める。
この流れを、一つの経営判断として考える必要があると思います。
もちろん、すべての中小企業が、専門的な知識を自社だけで持つことは難しいでしょう。
だからこそ、専門家や公的支援機関の役割があります。
私は、その支援を、単に出願を増やすためのものにするべきではないと思います。
日本の中小企業が、自らの技術を理解し、世界のどこで、どのように生かすかを判断できること。
それが重要なのではないでしょうか。
読者への問い
最後に、少し想像してみてください。
あなたが、小さな製造会社の経営者だったとします。
従業員は15人です。
新しい加工技術を開発しました。
日本では、既に特許を出願しています。
そして、海外企業から問い合わせが入りました。
海外でも販売できる可能性があります。
しかし、外国出願には費用がかかります。
その費用は、会社にとって小さなものではありません。
しかも、出願して終わりではありません。
審査への対応もあります。
権利維持の費用もあります。
一方、国内出願から12か月という、優先権の期限も迫っています。
では、あなたはどうするでしょうか。
最も大きな市場である国へ出願するでしょうか。
実際に販売する予定の国を優先するでしょうか。
製造拠点のある国を重視するでしょうか。
それとも、海外出願を見送り、国内事業へ資金を集中するでしょうか。
私は、どれか一つが、必ず正しいとは思いません。
技術の内容によって異なります。
事業の計画によっても異なります。
会社の資金力も関係するでしょう。
しかし、私は、その判断を行うための情報が必要だと思います。
例えば、外国出願に必要な費用です。
権利取得までの時間です。
その国で特許を取得する価値です。
そして、補助金を利用できる可能性です。
こうした情報があれば、企業は合理的な判断をしやすくなります。
一方、国の立場から考えると、別の問題があります。
限られた予算の中で、どの企業を支援するべきでしょうか。
海外出願する企業を、できるだけ多く支援するべきでしょうか。
それとも、海外事業の計画が具体化している企業へ重点的に支援するべきでしょうか。
また、補助金を利用した後に、特許が取得できなかった場合はどう評価するべきでしょうか。
私は、特許が取得できなかったという理由だけで、すべて失敗と判断するべきではないと思います。
技術の内容や、外国の特許庁による審査の結果によって異なるからです。
しかし、支援の効果を確認する必要はあるでしょう。
最後に、読者の皆さんへ質問があります。
あなたは、日本の中小企業が海外で特許を取得する際、国は出願費用をさらに補助するべきだと思いますか。
それとも、まずは、どの国で権利を取得するべきかを判断するための専門的な支援を充実させるべきだと思いますか。
そして、限られた財源の中で、その両方をどのように組み合わせるべきなのでしょうか。
私は、海外特許の出願件数を増やすことだけを目的にするべきではないと思います。
重要なのは、必要な技術を、必要な市場で守ることです。
そして、その判断を、企業の規模だけで左右されないようにすることです。
日本で生まれた技術を、世界のどこで、どのように守るべきか。
それが、今日のJapan Compassの問いです。
データ出典・参考資料
1.特許庁「特許行政年次報告書2026年版」
2026年版。
国内外の特許出願動向、審査の状況、中小企業の知的財産活動などをまとめた年次報告書です。
政府広報オンラインの政府刊行物情報では、冊子の発行年月日は2026年9月7日とされています。
本稿の数値は、次項の紹介記事に基づいています。報告書本体の数値とは区別して扱っています。
https://www.gov-online.go.jp/data_room/publication/202609/jpo-11386.html
2.日本時事新聞「中小企業の特許出願は全体の13.4%に低下」
2026年9月23日公開。
特許行政年次報告書2026年版を紹介した二次資料です。
2025年の日本国特許庁への出願総数35万8,317件、国内出願人による特許出願のうち中小企業3万8,429件、構成比13.4%などを確認しました。
また、2024年の海外出願率について、大企業34.8%、中小企業18.2%という数字を確認しました。
今回の資料では、出願件数と海外出願率の対象年、母集団を区別して扱っています。
https://jpjj.jp/articles/sme-patent-share-2026/
3.独立行政法人工業所有権情報・研修館「INPIT外国出願補助金」
2026年10月6日更新。11月1日確認。
今回の中心的な制度資料です。
2026年度第4回公募が9月28日に終了したこと、令和9年度第1回公募が2026年11月30日から12月21日まで予定されていることを確認しました。
また、2026年度の中間手続補助の受付期間についても確認しています。
https://www.inpit.go.jp/shien/gaikoku/index.html
4.中小企業基盤整備機構 J-Net21「外国での出願費用を最大300万円補助」
2026年6月12日公開。
2026年度の外国出願補助金について、対象経費、補助率2分の1、特許出願1案件当たり150万円、1事業者当たり300万円の補助上限などを確認しました。
また、出願手数料、代理人費用、翻訳費用などの対象経費についても確認しています。
https://j-net21.smrj.go.jp/news/nskto6000002162r.html
5.世界知的所有権機関(WIPO)「File a PCT Application」
2026年11月1日確認。
PCT国際出願の仕組みと、国内出願を基礎として優先権を主張する場合の原則12か月という期限を確認しました。
本稿では、PCT国際出願を世界共通の特許権の取得と混同していません。
https://www.wipo.int/en/web/pct-system/filing/index
6.世界知的所有権機関(WIPO)「Enter the National Phase」
2026年11月1日確認。
PCT国際出願後、実際に特許取得を希望する国や地域で国内段階へ移行する仕組みを確認しました。
各国・地域の審査、翻訳、手数料などが必要になることを確認しています。
https://www.wipo.int/en/web/pct-system/national-phase
7.欧州委員会「Applications are open for 2026 SME Fund」
2026年2月10日公表。
EUIPOによる2026年の中小企業知的財産支援について確認しました。
特許関連のVoucher 3では、対象経費について最大75%の支援が設けられています。
ただし、制度の対象者や対象経費に制限があるため、日本企業が同条件で利用できる制度としては扱っていません。
8.EUIPO「SME Fund 2026」
2026年11月1日確認。
制度の実施期間、対象企業、知的財産権の種類、申請・還付の手続について確認しました。
2026年の実施期間は、原則として2月2日から12月4日までとされています。
ただし、予算の消化によって受付状況が変化する場合があります。
https://www.euipo.europa.eu/en/sme-corner/sme-fund/2026
9.Japan Compass 関連過去記事
今回の#091では、研究資金、研究時間、政府調達、研究セキュリティ、研究設備の共用、研究不正といった過去号のテーマを繰り返さず、民間中小企業が海外で特許権を取得する際の出願先選択と、期限・費用の判断に焦点を絞りました。
Japan Compass #010「半導体を「買える国」のままで、日本は生き残れるのか」
https://japancompass.jp/2026/08/12/japan-compass010/
Japan Compass #046「研究者は、研究する時間を取り戻せるか」
https://japancompass.jp/2026/09/17/japan-compass046/
Japan Compass #050「政府は、新技術の『最初の顧客』になれるか」
https://japancompass.jp/2026/09/21/japan-compass050/
Japan Compass #061「国が「戦略技術」を選ぶ税制は、産業競争力につながるか」
https://japancompass.jp/2026/10/02/japan-compass061/
Japan Compass #065「大学の国際共同研究に、どこまで『研究セキュリティ』を求めるべきか」
https://japancompass.jp/2026/10/06/japan-compass065/
Japan Compass #083「大学の研究設備は、学外の研究者にも実際に使えるか」
https://japancompass.jp/2026/10/24/japan-compass-083/
Japan Compass #089「研究不正の疑いが出たとき、証拠と研究者の権利をどう守るか」
https://japancompass.jp/2026/10/30/japan-compass-089/
資料確認上の留意事項
本稿は、2026年11月1日時点で確認できる特許庁の刊行物情報、INPIT、WIPO、EUIPO、欧州委員会などの公表資料に基づいています。
2025年の特許出願件数と、2024年の海外出願率は、対象年が異なります。
また、中小企業の特許出願割合13.4%は、国内出願人による出願のうち、中小企業が占める割合として紹介された数字です。
日本国特許庁への出願総数35万8,317件に対する割合としては扱っていません。
海外出願率18.2%も、中小企業の18.2%が海外出願しているという意味ではありません。企業数ではなく、対象となる国内特許出願案件を基準とする指標です。
これらの数値は、2026年版特許行政年次報告書を紹介した記事に基づいています。原表の集計条件や改訂の有無については、報告書本体で確認してください。
また、パリ条約に基づく優先権の原則12か月という期間は、外国出願そのものが12か月経過後に一律に禁止されることを意味しません。
PCT国際出願についても、世界中で特許権を一括取得する制度ではありません。
INPIT外国出願補助金、知財総合支援窓口、PCT国際出願、EUIPOの中小企業支援制度は、すべて既存の仕組みです。
Japan Compassが新しく創設した制度として扱っていません。
また、2026年度の外国出願補助金について、全国の申請件数、採択率、出願後の特許成立率、ライセンス収入、海外売上への因果的な影響などは、今回確認した資料から確定値を提示できませんでした。
そのため、根拠のない全国的な効果額や追加予算額は算定していません。
今回のJapan Compassの独自提案は、既存の支援制度を活用し、国内出願の早い段階から海外権利化の必要性を判断し、優先権期限と補助金申請時期を管理するとともに、国別の総費用と取得後の事業成果を検証することです。

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