国際規格ができた後、日本の技術をどう事業につなげるか
――2026年、日本発の国際規格が相次いで発行。技術開発から市場形成まで、誰が何を担うべきなのか
2026年11月7日|2035日本再設計プロジェクト|経済・産業競争力・国際標準化編
日本のある製造企業が、新しい技術を開発したとします。
従来よりも性能が高く、消費電力も少ない製品です。
研究開発には数年かかりました。
技術者たちは、何度も試作品を作り、試験を繰り返しました。
そして、ようやく製品化できる段階に到達しました。
国内の取引先からは、高い評価を得ています。
そこで企業は、海外市場への進出を検討することにしました。
しかし、海外企業との商談で、一つの問題が生じました。
製品の性能を説明しても、相手企業が求める試験方法と一致していないのです。
日本企業は、自社の試験によって高い性能を確認しています。
一方、海外企業は、別の条件で測定された数値を要求しています。
そのため、性能を単純に比較できません。
さらに、海外市場では、製品に求められる規格や認証が存在しています。
日本企業が開発した技術そのものが優れていても、取引先が求める条件を満たしていると示せなければ、販売につながらない場合があります。
ここで、一つの疑問が生まれます。
優れた技術を開発すれば、その技術は世界で売れるのでしょうか。
必ずしもそうではありません。
製品の性能があります。
価格もあります。
品質や安全性も重要です。
さらに、異なるメーカーの製品同士を接続できることが必要な場合もあります。
そのような条件を、社会や産業の共通ルールとして整理するものの一つが、国際規格です。
日本では、これまで研究開発や特許取得、製品の品質改善などに取り組んできました。
しかし、世界市場で競争するためには、技術を開発することだけでは十分でない場合があります。
どのような性能を評価するのか。
何を安全と判断するのか。
異なる製品同士を、どのように接続するのか。
そして、誰がその性能を確認するのか。
こうした条件が、企業間の取引に影響するからです。
2025年、日本政府は新たな国際標準戦略を決定しました。
そして2026年、日本が主導した複数の国際規格が発行されています。
これは重要な進展です。
しかし、私はここで、もう一つ確認したいことがあります。
国際規格が発行された後、その規格はどの程度利用されているのでしょうか。
日本企業の製品が、実際に海外市場で採用されているのでしょうか。
そして、規格策定のために投入された資金や人材は、どのような成果につながっているのでしょうか。
今日のJapan Compassでは、国際標準化を規格の制定件数だけで評価せず、日本の産業競争力につなげるための条件を考えます。
Executive Summary
結論から言います。
Japan Compassは、日本が国際標準化に積極的に取り組むことに賛成です。
ただし、国際規格を何件発行したかという数字だけを、政策成果の中心にするべきではないと考えます。
重要なのは、その規格が実際に利用されることです。
例えば、新しい試験方法に関する国際規格ができたとします。
その結果、企業間で製品の性能を比較しやすくなれば、取引につながる可能性があります。
また、異なるメーカーの製品を接続するための規格が整備されれば、新しい製品やサービスの市場が生まれる可能性もあります。
一方、国際規格が発行されても、企業が利用しなければ、その経済的な効果は限定的になるでしょう。
さらに、規格が利用されるようになったとしても、日本企業だけが利益を得るわけではありません。
海外企業も、同じ規格に対応することができるからです。
ここに、国際標準化の難しさがあります。
2025年から2026年にかけて、日本では次のような政策や規格の動きがありました。
| 時期 | 政策・規格 | 確認できる状況 |
|---|---|---|
| 2025年6月3日 | 新たな国際標準戦略 | 政府が決定 |
| 2025年6月16日 | 日本型標準加速化モデル2025 | 経済産業省が公表 |
| 2026年2月20日 | 新市場創造型標準化制度 | JIS開発に向けた2テーマの制度活用を決定 |
| 2026年3月19日 | ISO 23792-2:2026 | 自動運転システムの国際規格を発行 |
| 2026年3月27日 | ISO 23792-1:2026 | 同分野の国際規格を発行 |
| 2026年4月30日 | 企業価値を高める標準化・ルール形成 | 経済産業省が企業・投資家向け資料を公表 |
| 2026年5月 | ISO/IEC 24216-1:2026 | アバターに関する国際規格を発行 |
これらは、制度の決定、開発支援の採択、国際規格の発行など、異なる段階を示しています。
例えば、2026年2月のJIS開発2テーマは、制度の活用が決定したものであり、JISの制定が完了したという意味ではありません。
また、2026年に発行された国際規格についても、規格が完成したことは確認できますが、それによる企業の売上増加や市場シェア拡大が実証されたわけではありません。
この違いを明確にする必要があります。
Japan Compassは、次の四つを提案します。
第一に、国際規格を開発する段階から、想定する市場と利用者を明確にすること。
第二に、規格制定後の製品採用、試験・認証、実際の取引を確認すること。
第三に、規格によって共有する技術と、企業が知的財産として保護する技術を区別すること。
第四に、標準化への公的支援を、制定件数だけでなく、産業上の成果と費用から評価することです。
目指すのは、日本発の規格を世界中に広めることだけではありません。
日本の技術が世界で利用され、その価値が日本の企業や研究機関、働く人々にも適切に還元されること。
それが今回の提案です。
1|国際規格とは、そもそも何なのか
まず、国際規格について整理します。
例えば、私たちは日常生活で、さまざまなメーカーの製品を利用しています。
あるメーカーの機器を、別のメーカーの機器と接続することがあります。
また、異なる国で製造された製品を、同じ条件で評価することもあります。
こうしたとき、共通の技術的なルールが役立ちます。
国際規格には、製品の性能、安全性、試験方法、情報の表現方法、互換性などを定めるものがあります。
代表的な国際標準化機関には、ISOやIECなどがあります。
ISOは国際標準化機構です。
IECは国際電気標準会議です。
ただし、通信分野などでは、ITUをはじめとする別の国際的な標準化の仕組みもあります。
また、産業団体や企業が主導する標準も存在します。
ここで重要なのは、国際規格は必ずしも法律ではないということです。
一般に、ISOやIECの規格は、それ自体ですべての企業へ法的な遵守義務を課すものではありません。
しかし、規格が各国の法令や規制に引用される場合があります。
また、取引先が契約条件として、特定の規格への適合を求める場合もあります。
公共調達の仕様に取り入れられる場合もあるでしょう。
そのような場合、企業にとって、規格への対応が市場参入の条件になることがあります。
さらに、規格と認証も区別する必要があります。
ISOは国際規格を開発しますが、ISO自身が企業や製品を認証するわけではありません。
認証は、必要な条件に基づいて、別の認証機関などが実施します。
また、すべての規格について第三者認証が必要になるわけでもありません。
規格の種類と利用目的によって、適合性の確認方法が異なります。
私は、ここを明確にすることが重要だと思います。
規格を作ること、規格へ適合すること、適合を証明すること、製品が売れることは、それぞれ異なる段階なのです。
国際標準化政策を評価する場合にも、これらを混同するべきではありません。
2|2025年、日本政府は国際標準化の方針を強化した
次に、日本政府の政策を確認します。
2025年6月3日、政府の知的財産戦略本部で「新たな国際標準戦略」が決定されました。
政府は、環境・エネルギー、量子、デジタル・AIなどの分野について、産学官が連携して戦略的な国際標準化を進める方針を示しています。
また、標準化を支える人材育成や支援機関の強化も重視しています。
その後、2025年6月16日には、経済産業省が「新たな基準認証政策の展開-日本型標準加速化モデル2025-」を公表しました。
この政策では、二つの方向が示されています。
一つは、特定分野における国主導の戦略的標準化です。
もう一つは、国内認証機関の強化です。
経済産業省は、国主導の戦略的標準化について、パイロットとなる5分野を設定し、分野全体の標準化戦略と規格開発を進める方針を示しました。
さらに、取組を主導し、専門的な知見を集約する伴走組織の必要性も示しています。
ここで、私は重要な変化があると思います。
従来の標準化では、製品や技術が開発された後、その品質や性能について共通のルールを整備するという役割が重視されてきました。
もちろん、今でもその役割は重要です。
しかし、新しい産業では、技術や市場が十分に成熟する前から、どのようなルールが必要になるのかを検討する場合があります。
例えば、新しい通信技術です。
異なるメーカーの機器を接続できることが、市場の拡大に必要になるかもしれません。
また、量子技術のように、新しい性能の評価方法が求められる分野もあります。
さらに、環境技術では、何を環境負荷の低減と判断するかという測定方法そのものが重要になる場合があります。
こうした分野では、製品開発と規格づくりを、別々に進めることが難しくなる可能性があります。
だからこそ、産業政策と標準化を連携させるという方向には合理性があります。
ただし、政府が標準化を重視すると決めたことと、企業の競争力が向上したことは別です。
ここは、今後実績を確認する必要があります。
3|2026年、日本発の自動運転システムの国際規格が発行された
ここで、具体的な事例を見てみます。
2026年4月3日、経済産業省は、日本が主導して開発した自動運転システムに関する国際規格2件が発行されたと公表しました。
ISO 23792-1:2026とISO 23792-2:2026です。
それぞれ2026年3月27日と3月19日に発行されています。
この規格は、自動車専用道路で利用される自動運転システムについて、基本的な機能要件や試験方法などを定めるものです。
例えば、運転をシステムへ任せている状態です。
また、人間のドライバーへ運転を引き継ぐ場面もあります。
さらに、車線変更の要件や試験方法も対象です。
自動運転システムでは、メーカーによって仕様や機能が異なります。
そのため、共通の評価方法がなければ、性能を比較することが難しい場合があります。
国際規格は、こうした問題の解決に役立つ可能性があります。
ここで、私は二つのことを考えたいと思います。
第一に、日本が国際規格の開発を主導できたことです。
これは、技術的な知見や国際的な調整能力が、規格開発に生かされた事例として評価できます。
しかし、第二の問題があります。
その規格を利用する自動車や関連システムが、今後どの程度市場へ導入されるのでしょうか。
例えば、規格の発行によって、メーカー間の評価方法が共通化される可能性があります。
また、必要な機能を明確にすることで、開発や試験の効率化につながる可能性もあるでしょう。
しかし、それによって自動車の販売台数がどの程度増えるのかは、別の問題です。
さらに、安全性への影響についても、実際のデータが必要です。
国際規格ができたことだけで、交通事故が減少したと断定することはできません。
私は、この違いが重要だと思います。
規格が発行された段階では、規格制定という成果を確認できます。
その後は、実際の採用状況を確認する必要があります。
さらに、普及によって安全性や産業競争力が改善されたかについても、適切な指標による検証が必要です。
規格を制定した成果と、規格を利用した成果を分けて評価すること。
ここが今回の政策提案の中心です。
4|アバターの国際規格も、日本主導で発行された
もう一つ、異なる分野の事例があります。
2026年6月29日、経済産業省は、日本が主導したアバターに関する国際規格の発行を公表しました。
ISO/IEC 24216-1:2026です。
2026年5月に国際規格として発行されました。
アバターは、メタバースやXRなどの仮想的な空間で、利用者自身を表現するために使われます。
例えば、利用者の外見や動作を表現する場合があります。
また、別のサービスとの連携が求められる場合もあるでしょう。
しかし、サービスによって、アバターの表現方法や機能が異なることがあります。
そこで、共通の枠組みが必要になる場合があります。
今回の国際規格は、アバターに関する基本的な考え方や機能などを整理するものです。
私は、この事例に注目したいと思います。
自動運転とアバターでは、産業の性質が大きく異なるからです。
自動運転では、安全性や試験方法が重要になります。
一方、アバターでは、利用者の表現やサービス間の共通理解などが重要になる場合があります。
つまり、国際標準化が扱う対象は、従来の工業製品だけではないのです。
しかし、ここでも同じ問題があります。
国際規格が発行された後、その規格が実際にどの程度利用されるのでしょうか。
例えば、複数のサービスで共通の考え方が採用されれば、開発者や利用者にとって利点があるかもしれません。
一方、主要なプラットフォームが独自の仕様を使い続ける場合には、共通規格の普及が限定される可能性もあります。
また、規格が普及した場合でも、日本企業の売上増加へ直結するとは限りません。
海外企業も、その規格を利用できるからです。
私は、この事例から、国際規格の開発を主導することと、市場で競争上の利益を得ることは、区別して考える必要があると思います。
5|なぜ、優れた技術があっても市場で勝てるとは限らないのか
ここで、国際標準化と企業経営の関係を考えます。
2026年4月30日、経済産業省は「企業価値を高める標準化・ルール形成」という資料を公表しました。
この資料では、標準化を単なる技術的な活動ではなく、企業の経営戦略や投資判断と結び付けることの重要性が示されています。
背景にあるのは、技術の性能だけで競争上の優位性が決まるわけではないという問題です。
例えば、ある日本企業が高性能な製品を開発したとします。
しかし、海外で使われる評価方法では、その製品の特徴が十分に測定されない場合があります。
その結果、他社製品との違いを、取引先へ示すことが難しくなるかもしれません。
また、技術が優れていても、製品をほかの機器と接続できなければ、市場で採用されにくい場合があります。
さらに、認証を受けるための試験設備が国内にない場合には、海外の試験機関を利用する必要が生じるかもしれません。
その場合、時間や費用が増える可能性があります。
つまり、技術開発が成功していても、事業化の段階で別の課題が生じることがあるのです。
一方、国際規格を開発することにも、費用と時間が必要です。
国際会議への参加があります。
規格案の作成もあります。
海外の専門家との調整も必要です。
場合によっては、数年単位の活動になるでしょう。
企業にとって、これは投資です。
だからこそ、規格づくりへ参加する目的を明確にする必要があります。
例えば、新しい市場を創出するためでしょうか。
取引先が求める共通の評価方法を整えるためでしょうか。
異なる機器の接続を可能にするためでしょうか。
または、自社の技術が適切に評価される条件を整えるためでしょうか。
これらは、似ているようで異なる目的です。
私は、標準化への参加件数を増やすことだけを目標にするべきではないと思います。
何のために規格を作り、その規格をどのように使うのか。
そこまで考えることが重要です。
6|技術を公開することと、企業の強みを守ることは両立できるのか
ここで、もう一つ重要な問題があります。
それは、知的財産です。
例えば、ある日本企業が独自の技術を開発したとします。
その技術が国際規格として採用されれば、世界中で利用される可能性があります。
しかし、技術のすべてを公開してしまえば、競合企業に模倣される可能性もあります。
では、国際標準化を進めることは、企業にとって不利なのでしょうか。
必ずしもそうではありません。
重要なのは、何を共通化し、何を企業の競争力として保持するかという判断です。
例えば、異なるメーカーの製品を接続するための仕様があります。
その部分を共通化することで、製品を利用できる市場が広がるかもしれません。
一方、製品内部の制御方法や製造ノウハウについては、企業が独自の技術として保持する場合があります。
また、必要に応じて特許権などを利用することも考えられます。
このように、公開する技術と保護する技術を組み合わせる考え方は、一般にオープン&クローズ戦略と呼ばれています。
日本には、この考え方を支援する制度が既に存在しています。
経済産業省の「特定新需要開拓事業活動計画認定制度」、OCEANプロジェクトです。
企業と大学などが共同で研究開発を行う際、標準化と知的財産を一体的に活用する戦略を支援する制度です。
2026年3月12日には、経済産業省が関連するセミナーも開催しています。
これは、既存の制度です。
Japan Compassが新しく考案するものではありません。
ここで重要なのは、国際標準化と特許取得を、別々の活動として考え過ぎないことだと思います。
例えば、技術を公開する前に、どの部分を権利化するべきかを検討する必要があります。
また、規格に組み込まれた技術が特許によって保護されている場合には、利用条件やライセンスの問題が生じることもあります。
規格を利用する企業にとって、その条件が不透明であれば、普及を妨げる可能性があります。
一方、発明した企業が適切な利益を得られないのであれば、研究開発への投資意欲が低下する可能性もあるでしょう。
したがって、すべてを公開することが正しいわけではありません。
また、すべてを秘密にすることが合理的とも限りません。
技術を普及させるための共通ルールと、企業の研究開発投資を守る仕組みを、どう組み合わせるか。
ここが重要です。
7|中小企業も、国際標準化に参加できるのか
次に、中小企業の問題です。
例えば、従業員30人の製造会社があるとします。
独自の加工技術を持っています。
国内の取引先からも高く評価されています。
しかし、海外市場で新しい規格が検討されていることを知りました。
その規格が採用されれば、将来の取引条件に影響する可能性があります。
会社としては、国際標準化の議論へ参加したいと考えています。
しかし、問題があります。
専門の担当者がいません。
海外会議へ参加するための費用も必要です。
規格案を検討するには、技術的な知識だけでなく、国際的な調整能力も求められます。
さらに、国際規格の審議は、一度の会議で終わるわけではありません。
継続的に関わる必要があります。
そのため、大企業に比べて、人員や資金に制約がある中小企業では、参加が難しい場合が考えられます。
ただし、中小企業が一律に国際標準化へ参加できていないと断定することはできません。
実際には、独自の技術を持つ中小企業が標準化を進める事例もあります。
例えば、2026年2月20日、経済産業省は「新市場創造型標準化制度」を活用するJIS開発テーマ2件を公表しました。
その一つは、3次元空間内の長さ計測結果の精度評価方法に関するものです。
これは、企業が持つ技術や新しい評価方法について、従来の標準化プロセスでは対応しにくい場合に支援する制度です。
ただし、制度の活用が決まった段階であり、JISとして正式に制定されたわけではありません。
私は、この仕組みを重要だと思います。
なぜなら、標準化は大企業だけが行うものではないからです。
小さな企業でも、新しい市場を生み出す技術を持っている場合があります。
しかし、ここで考えたいことがあります。
支援制度によって規格の開発が進んだ後、その企業は実際に市場を拡大できるのでしょうか。
新しい規格に対応する製品が、取引先に採用されるのでしょうか。
また、規格を利用する競合企業が増えた場合には、その企業はどのような競争力を維持できるのでしょうか。
私は、標準化に参加できたことだけではなく、参加した企業がその後どのような事業成果を得たかを確認する必要があると思います。
8|国際規格の発行後、誰が適合性を確認するのか
ここで、認証や試験の問題を考えます。
例えば、国際規格が発行されたとします。
企業は、その規格に対応した製品を開発しました。
では、規格に適合していることを、どのように示すのでしょうか。
規格によっては、製品の試験方法が定められています。
また、第三者による認証が利用される場合もあります。
一方、企業自身が適合性を確認する方法が認められる場合もあります。
そのため、すべての規格について同じ手続が必要になるわけではありません。
しかし、海外の取引先が第三者認証を求める場合には、対応できる試験機関や認証機関が必要になります。
ここに、日本の産業競争力に関係する問題があります。
例えば、日本企業が新しい製品を開発したとします。
しかし、必要な試験を国内で実施できない場合です。
海外の試験機関へ依頼しなければならないかもしれません。
製品を輸送する必要がある場合もあります。
試験の予約や、結果の確認に時間がかかる可能性もあるでしょう。
さらに、製品の設計情報など、企業にとって重要な情報を提供する必要が生じる場合もあります。
2025年6月の経済産業省の基準認証政策では、国内認証機関の強化が重要な取組として示されています。
認証の対象が最終製品だけでなく、サプライチェーン全体へ広がる動きも指摘されています。
つまり、政府も、国際規格を作るだけでは十分ではないことを認識しているのです。
ただし、国内に認証機関を増やせば、すべての問題が解決するわけではありません。
海外の取引先が、その認証を受け入れる必要があります。
また、認証機関の専門性と中立性も重要です。
試験結果の信頼性を確保する必要があります。
そのため、海外の認証機関との連携や、認証結果の相互承認なども重要になる場合があります。
私は、ここで規格の策定能力と、その規格を利用するための試験・認証能力を、別々に確認する必要があると思います。
国際規格が完成しても、企業が実際に対応できなければ、市場での利用は進まないからです。
9|海外事例:米国は、規格づくりに参加する人材と研究基盤を重視している
海外の制度も参考になります。
米国では、2023年5月、重要・新興技術に関する国家標準戦略が公表されました。
その後、2024年7月には、実施ロードマップが示されています。
この取組には、米国国立標準技術研究所、NISTが関わっています。
米国の特徴の一つは、民間主導の標準化制度を重視していることです。
政府がすべての規格を直接決定するという仕組みではありません。
企業や研究機関、標準化団体などが参加し、合意形成を通じて規格を開発する考え方です。
一方、政府は、重要・新興技術に関する標準化活動を支援しています。
例えば、規格開発の前段階で必要となる研究です。
また、標準化活動へ参加できる人材の育成も重視しています。
さらに、多様な関係者が標準化へ参加できることも重要な課題とされています。
私は、ここで参考になることがあると思います。
国際標準化には、技術力だけではなく、継続的な参加が必要だからです。
例えば、企業が一度だけ国際会議へ参加したとします。
しかし、その後の議論に継続して関われなければ、技術的な意見を反映することは難しくなるかもしれません。
また、規格案を提案するには、必要な技術データや試験結果を準備する場合があります。
そのため、国際標準化への参加を、単なる海外出張として考えるべきではありません。
研究開発、人材、国際的な調整を含む継続的な活動として考える必要があります。
ただし、米国の制度を、そのまま日本へ導入することが適切とは限りません。
産業構造や標準化団体の役割が異なるからです。
それでも、規格を提案する技術だけでなく、規格づくりに継続して参加できる人材と研究基盤を確保することは、日本にとっても参考になると考えます。
10|海外事例:EUは産業政策と標準化を連携させている
もう一つ、欧州連合、EUの取組です。
EUでは、2022年に標準化戦略が公表されました。
その方針に基づき、2023年1月には欧州標準化に関するHigh-Level Forumが活動を開始しました。
これは、欧州委員会が設けた専門家グループです。
産業界、標準化団体、研究機関、市民社会など、さまざまな関係者が参加しています。
このフォーラムでは、EUの政策と標準化の優先事項を連携させることが重視されています。
例えば、グリーン分野です。
デジタル分野もあります。
また、経済の強靱性に関わる問題も対象です。
さらに、国際標準化における影響力や、必要な人材育成も議論されています。
欧州委員会は2025年9月10日、このフォーラムの任期をさらに3年間延長することを決定しました。
つまり、EUでは、標準化を継続的な産業政策の一部として扱っています。
ここで、私は一つの違いを考えたいと思います。
例えば、規格の開発を技術者だけに任せる場合です。
もちろん、技術的な専門性は不可欠です。
しかし、どのような市場を作るのかという判断には、企業経営者や産業政策の担当者の関与も必要になる場合があります。
また、規格によって消費者や中小企業に不利益が生じる可能性がある場合には、その立場を考慮することも重要です。
私は、ここで標準化を単なる技術競争として考えるべきではないと思います。
製品の安全性があります。
異なる事業者が市場へ参入できることも重要です。
そして、新しい技術が社会で利用されることにも意味があります。
つまり、国際標準化は、産業競争力と公共性の両方に関係するのです。
ただし、EUの制度と日本の制度は異なります。
EUにはEU域内市場や独自の規制・標準化の仕組みがあります。
そのため、EUの制度を、そのまま日本の制度へ移植することは適切ではありません。
私は、産業政策、標準化、投資、人材を継続的に連携させるという考え方を参考にしたいと思います。
賛否|国は、国際規格づくりにどこまで関与するべきなのか
ここで、二つの考え方があります。
一つは、政府が国際標準化を積極的に支援するべきだという意見です。
私は、この考え方には合理性があると思います。
例えば、量子技術や新しい通信技術など、開発に時間がかかる分野です。
まだ市場が十分に形成されていない場合もあるでしょう。
その段階で、個々の企業だけに国際標準化を任せれば、必要な活動を継続できない可能性があります。
また、国際規格の開発には、複数の企業や研究機関の協力が必要になる場合があります。
特定の一社だけが費用を負担することは、合理的でないかもしれません。
そのため、政府が共通基盤づくりを支援することには意味があります。
一方、慎重な意見もあります。
例えば、政府が特定の技術を重点的に支援した場合です。
その技術が、将来の市場で主流にならない可能性があります。
また、既存の大企業が標準化活動へ参加しやすい一方、新興企業が十分に関与できない場合も考えられます。
さらに、規格が特定企業の技術を前提として作られれば、ほかの企業に不利な条件が生じる可能性があります。
そのような場合、国際標準化が競争を促進するのではなく、競争を制限する方向へ働くことも考えられます。
私は、ここを慎重に考える必要があると思います。
国が標準化を支援することには意味があります。
しかし、国が特定企業の利益を無条件に保証するべきではありません。
また、国際規格を増やすこと自体が目的になれば、必要性の低い規格へ費用を投入する可能性もあります。
例えば、既に十分に機能している国際規格がある場合です。
その規格を利用した方が合理的な場合もあるでしょう。
日本発の新しい規格を作る必要がないこともあります。
つまり、国際規格は、日本が主導して作れば必ずよいというものではないのです。
既存の規格を利用する。
必要な部分について改訂を提案する。
新しい規格を開発する。
こうした選択肢を、技術と市場の状況に応じて判断する必要があります。
Japan Compass政策提案
国際規格の制定から、市場での実際の利用までを評価する
今回の提案では、新しい国際標準化機関を設立することを前提にしません。
日本には、既に国際標準戦略があります。
経済産業省の基準認証政策もあります。
企業や大学による標準化活動を支援する制度も存在しています。
さらに、国際標準化に関する人材育成や、国内認証機関の強化も進められています。
そのため、今回必要なのは、既存の政策を実際の産業成果へつなげることです。
提案①|規格を作る前に、何のために必要なのかを確認する
第一に、標準化の目的です。
例えば、新しい技術について国際規格を開発する場合です。
まず、その規格を誰が利用するのかを確認します。
製造企業でしょうか。
サービス事業者でしょうか。
あるいは、試験機関や認証機関でしょうか。
さらに、どのような問題を解決するのかも重要です。
例えば、異なる製品の接続です。
性能の比較もあるでしょう。
安全性の確認も考えられます。
こうした目的を明確にします。
ただし、すべての規格について、最初から市場規模を正確に推計することは難しいと思います。
新しい技術では、市場そのものがまだ存在していない場合もあるからです。
そのため、私は、最初から確定した売上目標を求めるべきではないと思います。
重要なのは、どのような利用を想定しているのかを明確にすることです。
そして、開発の途中で状況が変わった場合には、必要に応じて見直すことです。
規格を作ることを目的にするのではなく、その規格が何を改善するのかを明確にすること。
これを第一の提案とします。
提案②|規格制定後の採用と適合性評価を確認する
第二に、規格が発行された後です。
例えば、日本が主導した国際規格が完成したとします。
そこで政策評価を終えるべきでしょうか。
私は、そうではないと思います。
その規格を、どの企業が利用しているのでしょうか。
規格に対応した製品が、どの程度開発されているのでしょうか。
また、必要な試験や認証を行える体制が整っているでしょうか。
さらに、実際の取引で、その規格への対応が求められているのでしょうか。
こうしたことを確認する必要があります。
ただし、規格によって、確認するべき指標は異なります。
例えば、安全性に関する規格です。
その場合には、安全性能や適切な試験方法の普及が重要になるでしょう。
一方、製品の互換性に関する規格では、異なる事業者の製品間で利用できることが重要になるかもしれません。
そのため、すべての国際規格を、同じ指標で評価するべきではありません。
また、規格への適合件数を増やすことだけを目的にするべきでもありません。
規格が実際に必要な課題の解決につながっているかを確認することが重要です。
規格の発行を成果の終点ではなく、市場での利用を確認する出発点として扱うこと。
これを第二の提案とします。
提案③|中小企業が参加・利用する際の費用を確認する
第三に、中小企業への支援です。
例えば、小さな製造会社が国際規格の開発へ参加する場合です。
技術者が国際会議へ参加するための費用が必要です。
また、英語での技術文書の作成や、国際的な調整が必要になる場合もあります。
さらに、規格が完成した後には、対応する製品の開発費用や試験費用が必要になる可能性があります。
私は、ここを分けて考える必要があると思います。
規格づくりに参加するための費用。
規格へ対応するための費用。
そして、適合を証明するための費用です。
これらは、同じではありません。
そのため、国が支援する場合にも、どの段階で企業が困っているのかを確認する必要があります。
例えば、規格案を作成するための専門知識が不足しているのでしょうか。
国際会議へ参加するための人材が不足しているのでしょうか。
あるいは、規格に対応するための試験設備が不足しているのでしょうか。
原因が異なれば、必要な支援も異なります。
私は、すべての中小企業に国際標準化への参加を求めるべきではないと思います。
規格を開発するよりも、既存の規格を適切に利用する方が合理的な企業もあるからです。
重要なのは、国際標準化を必要とする企業が、適切な支援を選択できることです。
提案④|公的資金の成果を、規格制定後も確認する
第四に、政策評価です。
私は、今回の提案で、ここを特に重視したいと思います。
例えば、政府が国際標準化を支援したとします。
技術者が国際会議へ参加しました。
規格案を作成しました。
そして、国際規格が発行されました。
これは重要な成果です。
しかし、その後どうなったのでしょうか。
規格に対応した製品が市場へ導入されたのでしょうか。
日本企業の競争力に、どのような影響があったのでしょうか。
また、企業が負担した費用は、どの程度だったのでしょうか。
こうしたことを確認する必要があります。
ただし、国際標準化の成果を、すべて売上金額だけで測るべきではありません。
例えば、安全性を高めるための規格があります。
その場合、社会全体の事故リスクを減らすことが重要な目的になるでしょう。
また、環境負荷を測定するための規格であれば、測定方法の共通化そのものに意味がある場合もあります。
つまり、規格の目的に応じて、成果を評価する必要があります。
さらに、規格が広く利用されるようになったとしても、その効果が日本の標準化支援だけによって生まれたとは限りません。
市場の成長や、企業の研究開発、海外の制度変更なども関係するからです。
私は、こうした因果関係を慎重に考えるべきだと思います。
そして、必要な場合には、規格制定から3年程度、5年程度という中期的な期間で、実際の利用状況を確認する方法が考えられます。
これはJapan Compassの提案する評価方法であり、すべての国際規格について政府が一律に3年・5年の評価を義務付けているという意味ではありません。
また、成果が十分ではない場合にも、直ちに失敗と判断するべきではありません。
技術によって、市場への普及に必要な時間が異なるからです。
しかし、費用を投入し続ける合理性については、確認する必要があります。
規格を何件作ったかではなく、規格が何に役立ったかを検証すること。
これを第四の提案とします。
財源・実施主体・制約
今回の政策提案を実施する場合、中心となるのは既存の行政機関と産業界です。
例えば、経済産業省です。
国際標準化や基準認証政策を所管しています。
また、日本産業標準調査会などの関係組織があります。
さらに、国際規格の開発では、企業や業界団体、大学、研究機関などが重要な役割を担います。
また、適合性評価を行う場合には、試験機関や認証機関が関係します。
つまり、国際標準化は、政府だけで完結する活動ではありません。
ここで、財源について考えます。
国際標準化には費用が必要です。
例えば、規格開発に必要な研究です。
また、国際会議への参加費用もあります。
技術文書の作成にも時間がかかります。
さらに、試験方法を検証する場合には、試験設備が必要になることもあります。
そして、規格が完成した後には、改訂や維持管理も必要です。
一方、企業が国際規格を利用する場合にも費用が必要になることがあります。
例えば、製品設計の変更です。
試験費用も考えられます。
第三者認証が必要な場合には、認証に関する費用が発生することもあるでしょう。
そのため、私は、費用を三つの段階に分けて確認することを提案します。
まず、規格を開発するための費用です。
次に、規格を利用するための費用です。
そして、規格を維持し、改訂するための費用です。
この違いは重要です。
例えば、政府が規格開発費用を支援したとします。
しかし、規格が完成した後に、日本企業が対応するための試験設備を利用できなければ、期待した効果が得られない可能性があります。
一方、国内に新しい試験設備を整備する場合には、その費用が必要です。
さらに、設備を維持するための利用者や需要が十分にあるかも確認する必要があります。
私は、国際標準化を進めるために、すべての試験設備を国内へ新設するべきだとは思いません。
海外の機関と協力する方が合理的な場合もあります。
また、国内の既存設備を共同利用する方法も考えられます。
そのため、必要な設備や人材について、個別に判断することが重要です。
さらに、公的資金を投入する場合には、受益者の問題もあります。
例えば、一つの企業だけが大きな利益を得る場合です。
その活動へ、国がどこまで費用を負担するべきでしょうか。
一方、複数の企業が利用できる共通の試験方法を整備する場合には、社会的な利益が広く及ぶ可能性があります。
私は、こうした違いを確認する必要があると思います。
また、国際標準化では、企業の知的財産が関係することもあります。
例えば、規格を利用するために、特定の特許技術が必要になる場合です。
その場合には、適切なライセンス条件や、競争上の公平性を確認する必要があります。
一方、企業が研究開発投資から適切な利益を得られることも重要です。
だからこそ、標準化を進める際には、知的財産の保護と市場の公正さを両立する必要があります。
なお、今回確認した公的資料だけでは、2025年の新しい国際標準戦略に基づく取組について、分野別の総事業費や、規格制定後の売上増加額を全国一律に算定することはできません。
そのため、Japan Compassでは、根拠のない追加予算額や費用対効果の数値を示しません。
既存の支援事業にどの程度の費用が使われ、どのような成果が得られているかを確認した上で、必要な追加支援を判断すること。
これが、財源に関する基本的な考え方です。
2035ロードマップ
2026~2027年|既存の標準化政策と支援対象を整理する
まず、2025年に決定された国際標準戦略と、日本型標準加速化モデル2025の実施状況を確認します。
また、2026年に発行された日本主導の国際規格について、どのような課題を解決するために開発されたのかを整理します。
例えば、自動運転システムです。
アバターもあります。
それぞれ、規格の目的が異なります。
そのため、同じ指標だけで評価しないことが重要です。
また、規格開発に必要だった費用や人材、期間について、把握できる範囲を確認します。
ただし、公開できない企業情報や、技術上の秘密については適切に保護する必要があります。
2027~2029年|規格制定後の利用状況を確認する
次に、発行された規格の利用状況を確認します。
例えば、その規格に対応した製品が開発されているでしょうか。
試験機関が対応しているでしょうか。
また、企業間の取引や、公共調達などで利用されているでしょうか。
こうしたことを確認します。
ただし、規格への対応件数だけで、経済効果を判断するべきではありません。
市場の状況や、ほかの制度の影響もあるからです。
重要なのは、規格が実際に利用され、その目的に近づいているかを確認することです。
2029~2031年|企業の費用と産業上の成果を評価する
次に、企業側の負担を確認します。
例えば、規格へ対応するための製品改修費用です。
試験や認証に必要な費用もあります。
また、国際標準化活動へ参加した企業について、その後の事業状況を確認することも重要です。
ただし、企業の売上が増加した場合でも、それが規格の制定によるものだと直ちに判断することはできません。
製品の品質改善や市場の成長など、別の要因も考えられるからです。
そのため、可能な範囲で、規格による影響と、それ以外の要因を区別する必要があります。
2031~2033年|支援の継続・変更・終了を判断する
さらに、公的支援の成果を検証します。
例えば、政府が国際標準化を支援した分野です。
規格が実際に利用されているでしょうか。
企業や社会に、どのような利益が生まれているでしょうか。
また、必要な人材や試験機関が維持されているでしょうか。
一方、期待した利用が進まない分野もあるかもしれません。
その場合には、原因を確認します。
技術の普及に時間が必要なのでしょうか。
規格そのものに改善が必要なのでしょうか。
あるいは、市場の状況が変化したのでしょうか。
こうしたことを確認し、支援の継続、変更、終了を判断します。
ただし、短期的に売上が生まれないという理由だけで、安全性や公共性を目的とする規格を失敗と判断することは避けます。
規格の目的に応じた評価が重要です。
2033~2035年|技術を開発する国から、市場を形成できる国へ
2035年に目指したいのは、日本発の国際規格を大量に発行することだけではありません。
日本の企業が、世界で必要とされる技術を開発できること。
その技術について、適切な共通ルールを整えられること。
さらに、必要な試験や認証を行えること。
そして、実際の製品やサービスとして市場へ提供できること。
そのような状態を目指したいと思います。
もちろん、日本がすべての国際規格を主導する必要はありません。
海外で作られた規格を利用する方が合理的な場合もあります。
また、複数の国や企業が協力して規格を開発することにも意味があります。
重要なのは、日本企業が必要な市場へ参加できることです。
そして、研究開発への投資が、適切に事業上の成果へつながることです。
技術を開発する力と、その技術が利用される市場を形成する力。
この二つを、2035年の日本で高めていきたいと思います。
2035日本再設計白書での位置付け
今回の#097は、第三部「経済」に位置付けます。
関連する横断テーマは、科学技術、知的財産、国際経済、産業政策、財政です。
これまでのJapan Compassでは、日本の産業競争力に関する複数の問題を扱ってきました。
#010では、半導体・AI・経済安全保障を考えました。
#046では、大学研究者の研究時間と研究基盤を検証しました。
#050では、新しい技術の最初の有償顧客として政府がどのような役割を担えるかを考えました。
#061では、戦略技術への研究開発税制を扱っています。
#065では、大学の国際共同研究における研究セキュリティを検証しました。
#083では、大学などの研究設備を共同利用する仕組みを扱いました。
そして#091では、中小企業が海外へ進出する際に、どの国で特許権を取得するべきかを検証しました。
今回の#097は、それらとは異なる問題です。
研究開発へ投入する資金の制度ではありません。
研究者の時間を確保する制度でもありません。
また、外国で特許を取得するための費用や期限を再検証するものでもありません。
技術が開発され、国際規格が作られた後、その規格をどのように事業や市場で利用するのかという問題です。
私は、これを日本の産業競争力を考える上で重要な段階だと思います。
例えば、大学で新しい技術が開発されたとします。
企業がその技術を利用して製品を作りました。
特許も取得しました。
しかし、国際市場で必要な規格へ対応できなければ、販売が難しくなる場合があります。
一方、規格に対応できたとしても、製品そのものに競争力がなければ、売上は伸びないかもしれません。
つまり、研究開発、知的財産、標準化、試験・認証、製品化、販売は、それぞれ関係していますが、同じものではありません。
私は、ここを区別しながら、全体を考える必要があると思います。
また、国際標準化を、国際的な競争で勝つための手段としてだけ考えるべきではありません。
規格には、利用者の安全を確保する役割もあります。
異なる製品を接続できるようにすることも重要です。
また、消費者が製品の品質を比較しやすくなる場合もあるでしょう。
そのため、国際標準化によって社会全体の利益が生まれる可能性があります。
一方、特定企業だけに有利な規格が作られれば、競争に悪影響を与える場合もあります。
だからこそ、国際標準化では、技術的な正確さと公平な合意形成が重要です。
私は、第三部「経済」において、日本の技術をどれだけ生み出したかだけでなく、その技術を社会と市場でどのように利用できるようにしたかも検証していきたいと思います。
今日の提言
私は、今回の国際標準化について調べながら、一つ大切なことがあると思いました。
それは、技術を開発することと、その技術で事業を成長させることの間には、いくつもの段階があるということです。
例えば、ある日本企業が優れた製品を開発したとします。
性能は高く、品質も安定しています。
国内では、多くの取引先から評価されています。
しかし、海外市場では思うように販売が伸びません。
その理由は何でしょうか。
価格かもしれません。
販売網の問題もあるでしょう。
ブランドの認知度が不足している可能性もあります。
さらに、国際規格や認証への対応が関係する場合もあります。
つまり、技術が優れていることだけで、世界市場で成功できるとは限らないのです。
私は、日本の産業競争力を考える際に、ここを重要視したいと思います。
例えば、研究開発へ資金を投入することです。
それには意味があります。
新しい技術が生まれる可能性があるからです。
また、大学研究者の研究時間を確保することも重要です。
新しい発見や技術の基礎になるからです。
さらに、特許を取得することにも意味があります。
企業が研究開発の成果を守るために必要な場合があるからです。
しかし、私は、それらの取組が成功すれば、自動的に事業の成功につながるとは思いません。
例えば、特許を取得した技術について、海外の取引先が求める評価方法が存在していない場合です。
その技術の優位性を、十分に説明できないかもしれません。
また、製品の互換性が必要な市場では、ほかのメーカーの製品と接続できなければ、採用されにくい場合もあるでしょう。
だからこそ、国際標準化を考える必要があると思います。
ここで、2026年の日本の動きを振り返ります。
自動運転システムについて、日本が主導した国際規格2件が発行されました。
また、アバターについても、日本が主導した国際規格が発行されています。
これは、重要な成果です。
日本の技術や考え方が、国際的な共通ルールの形成に生かされたからです。
しかし、私は、その先を確認する必要があると思います。
例えば、自動運転システムの国際規格です。
その規格が、世界の自動車メーカーに利用されるのでしょうか。
試験方法が共通化されることで、開発効率が改善するのでしょうか。
また、利用者の安全性に、どのような影響が生じるのでしょうか。
こうしたことを確認する必要があります。
もちろん、規格を発行してから短い期間で、すべての成果が明らかになるわけではありません。
市場への普及には時間がかかる場合があります。
だからこそ、継続的な評価が必要なのだと思います。
そして、もう一つ重要なことがあります。
それは、国際規格を日本が作ったからといって、日本企業だけが利益を得るわけではないということです。
例えば、日本が主導して共通の試験方法を作ったとします。
その結果、海外企業も同じ方法で性能を示せるようになるかもしれません。
つまり、国際規格が普及すれば、競争条件そのものが変わる可能性があります。
私は、ここを考える必要があると思います。
日本企業は、規格を作るだけでなく、その規格が利用される市場で、どのような強みを持つのでしょうか。
製品の品質でしょうか。
価格でしょうか。
技術の信頼性でしょうか。
あるいは、関連するサービスや保守体制でしょうか。
つまり、標準化は、それだけで事業の成功を保証するものではありません。
企業の経営戦略と結び付けて考える必要があります。
2026年4月30日、経済産業省が標準化と企業価値の関係について資料を公表したことにも、意味があると思います。
規格づくりを、技術者だけの仕事として考えるのではなく、経営者や投資家も理解する必要があるという問題意識があるからです。
しかし、私は、国際標準化をすべて企業の利益だけで判断するべきではないとも思います。
例えば、安全性に関する規格です。
その規格が普及することによって、事故の危険を減らせる可能性があります。
また、環境負荷を測定する規格であれば、企業や消費者が環境性能を比較しやすくなる可能性があります。
こうした場合には、社会全体の利益が重要になります。
つまり、国際規格には、企業の競争力を高める役割と、社会の共通基盤を整える役割があるのです。
私は、この二つを分けて考える必要があると思います。
そして、もう一つ考えたいことがあります。
それは、中小企業です。
日本には、優れた技術を持つ中小企業があります。
しかし、国際標準化へ参加するための人員や資金には限りがある場合があります。
大企業であれば、専門部署を設けられるかもしれません。
一方、中小企業では、技術者が製品開発と国際標準化の両方を担当する場合もあるでしょう。
そのような企業にとって、国際会議へ継続的に参加することは、大きな負担になる可能性があります。
私は、だからこそ、既存の支援制度を活用することに意味があると思います。
しかし、ここでも注意したいことがあります。
すべての中小企業に、国際規格の開発を求める必要はありません。
例えば、既存の国際規格へ対応した製品を開発する方が合理的な企業もあるでしょう。
また、特定の市場だけで事業を行っている企業では、独自の国際規格を作る必要がない場合もあります。
だからこそ、企業が何を目指すのかを確認することが重要です。
国際規格を開発するのか。
既存の規格を利用するのか。
あるいは、規格の改訂に参加するのか。
こうした選択肢があります。
私は、そこを支援することが必要だと思います。
そして、最後にもう一つ重要な問題があります。
それは、公的資金です。
例えば、政府が国際標準化のために資金を投入したとします。
その結果、国際規格が発行されました。
これは成果です。
しかし、そこで政策評価を終えてよいのでしょうか。
私は、そうではないと思います。
その規格が、どの程度利用されているかを確認する必要があります。
また、必要な試験や認証を行える体制が整っているかも重要です。
さらに、日本企業の事業活動へ、どのような影響があったかを確認することにも意味があります。
ただし、売上が増えなかったという理由だけで、すべての標準化活動を失敗と判断するべきではありません。
安全性や環境負荷の改善など、別の目的を持つ規格もあるからです。
だからこそ、最初に規格の目的を明確にする必要があります。
そして、その目的に応じて成果を確認することが重要なのだと思います。
2035年の日本を考えるとき、私は、研究開発への投資を増やすことだけでなく、その成果を社会で利用する仕組みを強くする必要があると思います。
大学で生まれた技術があります。
企業が開発した技術もあります。
特許によって守られている技術もあるでしょう。
しかし、それらが実際の製品やサービスとして利用されなければ、社会への効果は限定的です。
だからこそ、国際標準化には意味があります。
ただし、規格を作れば、それだけで市場が生まれるわけではありません。
製品開発があります。
試験や認証も必要です。
販売網を作る必要もあるでしょう。
そして、企業が利益を得て、次の研究開発へ投資できることも重要です。
私は、こうした段階をつなげて考える必要があると思います。
研究開発で生まれた技術を、国際的な共通ルールへつなげる。
そして、そのルールを利用して、製品やサービスを世界へ届ける。
さらに、そこで得られた利益や知見を、次の技術開発へつなげる。
私は、この循環を、2035年の日本で強くしていきたいと思います。
読者への問い
最後に、少し想像してみてください。
あなたが、日本の製造企業の経営者だったとします。
会社では、新しい技術を開発しました。
国内の取引先からは、高く評価されています。
海外市場でも、十分に競争できる性能を持っていると考えています。
しかし、海外の企業が求める評価方法と、自社の試験方法が一致していません。
そこで、国際規格の開発に参加するという選択肢が生まれました。
ただし、参加には費用がかかります。
技術者の時間も必要です。
海外の関係者との調整も必要になるでしょう。
そして、国際規格の開発に成功したとしても、その規格を利用した製品が売れるとは限りません。
あなたなら、どうするでしょうか。
自社の技術を国際規格へ反映することを目指すでしょうか。
それとも、既存の規格へ対応する製品を開発するでしょうか。
あるいは、特許や独自技術として保護し、他社との差別化を重視するでしょうか。
私は、どれか一つが必ず正しいとは思いません。
技術の性質によって異なります。
市場の状況も違うでしょう。
さらに、企業の資金力や人材によっても、合理的な判断は変わると思います。
そして、もう一つ考えてみてください。
あなたが、国の産業政策を担当する立場だったとします。
ある企業から、国際規格の開発に必要な支援を求められました。
その規格が普及すれば、日本企業の海外市場への参入が進む可能性があります。
しかし、実際にどの程度の企業が利用するのかは、まだ分かりません。
また、規格が普及すれば、海外企業も同じ条件で市場へ参加できるようになるかもしれません。
その場合、国はどこまで支援するべきでしょうか。
規格開発のための費用でしょうか。
必要な試験設備の整備でしょうか。
それとも、国際標準化に参加できる人材の育成でしょうか。
私は、ここに簡単な答えはないと思います。
しかし、考える必要がある問題です。
なぜなら、国際標準化は、技術の問題であると同時に、産業政策と財政の問題でもあるからです。
最後に、読者の皆さんへ質問があります。
あなたは、日本が国際規格の開発を主導すること自体を重視するべきだと思いますか。
それとも、国際規格が完成した後、実際に日本企業の製品が市場で利用されることを、より重視するべきでしょうか。
私は、この二つを対立するものとして考えるべきではないと思います。
国際規格の開発を主導することには意味があります。
しかし、その後の利用状況を確認することも重要です。
そして、必要な場合には、企業の技術を適切に保護し、競争力を維持することも考える必要があります。
世界で使われるルールを作ることと、そのルールの中で日本企業が競争力を発揮することを、どう結び付けるか。
それが、今日のJapan Compassの問いです。
データ出典・参考資料
1.首相官邸「知的財産戦略本部」
2025年6月3日開催・公表。
政府が「新たな国際標準戦略」を決定したこと、環境・エネルギー、量子、デジタル・AIなどの分野で国際標準化を重視する方針を参照しています。
https://www.kantei.go.jp/jp/103/actions/202506/03chizai.html
2.経済産業省「新たな基準認証政策の展開-日本型標準加速化モデル2025-」
2025年6月16日公表。
特定分野における国主導の戦略的標準化、パイロット5分野、標準化を支える伴走組織、国内認証機関の強化などを参照しています。
https://www.meti.go.jp/press/2025/06/20250616004/20250616004.html
3.経済産業省「企業価値を高める標準化・ルール形成 ―投資家と経営層の新たな視点―」
2026年4月30日公表。
標準化・ルール形成を企業の経営戦略や投資判断と結び付ける考え方、評価方法や接続条件などの共通ルールが企業価値に与える影響を参照しています。
https://www.meti.go.jp/press/2026/04/20260430001/20260430001.html
4.経済産業省「日本発の自動運転システムに関する国際規格が発行されました」
2026年4月3日公表。
日本が主導したISO 23792-1:2026、ISO 23792-2:2026について、2026年3月の発行日、規格の目的、基本要件、試験方法などを参照しています。
国際規格の発行と、自動運転車の実際の普及や事故減少効果は区別しています。
https://www.meti.go.jp/press/2026/04/20260403005/20260403005.html
5.経済産業省「日本発の『アバター』に関する国際規格が発行されました」
2026年6月29日公表。
ISO/IEC 24216-1:2026が2026年5月に発行されたこと、アバターの基本的な枠組みを整理する目的などを参照しています。
https://www.meti.go.jp/policy/economy/hyojun-kijun/is/20260629.html
6.経済産業省「新市場創造型標準化制度を活用したJIS開発案件を決定しました」
2026年2月20日公表。
企業から提案されたJIS開発テーマ2件について、制度の活用が決定したことの根拠資料です。
これはJIS開発に向けた制度利用の決定であり、JISの正式制定が完了したことを意味しません。
https://www.meti.go.jp/press/2025/02/20260220001/20260220001.html
7.経済産業省「特定新需要開拓事業活動計画認定制度(OCEANプロジェクト)」
2026年11月7日時点の掲載内容。
企業と大学などの共同研究開発について、標準化と知的財産を一体として活用するオープン&クローズ戦略を支援する既存制度を参照しています。
https://www.meti.go.jp/policy/economy/hyojun-kijun/katsuyo/ocean_project/index.html
8.ISO「Conformity Assessment」
2026年11月7日時点の掲載内容。
国際規格と適合性評価、第三者認証の違いを参照しています。ISO自身は認証を行わず、認証は別の機関が実施します。
https://www.iso.org/conformity-assessment.html
9.米国NIST「U.S. Government National Standards Strategy for Critical and Emerging Technology」
2023年5月に国家標準戦略を公表。2024年7月に実施ロードマップを公表。
重要・新興技術の標準化について、民間主導の合意形成を基本としながら、研究、人材育成、参加機会の拡大を政府が支援する考え方を参照しています。
10.欧州委員会「High-Level Forum on European Standardisation」
2023年1月活動開始。2025年9月10日に任期延長を決定。
2022年のEU標準化戦略に基づき、産業政策、イノベーション、投資、人材育成、国際標準化を連携させる取組を参照しています。
11.Japan Compass 関連過去記事
今回の#097では、半導体と経済安全保障、大学の研究時間、政府調達による新技術の需要創出、研究開発税制、研究セキュリティ、研究設備の共同利用、外国での特許取得といった過去号のテーマを繰り返さず、国際規格の制定後に、その規格が実際の市場や事業でどのように利用されるかに焦点を絞りました。
Japan Compass #010「半導体を『買える国』のままで、日本は生き残れるのか」
https://japancompass.jp/2026/08/12/japan-compass010/
Japan Compass #046「研究者は、研究する時間を取り戻せるか」
https://japancompass.jp/2026/09/17/japan-compass046/
Japan Compass #050「政府は、新技術の『最初の顧客』になれるか」
https://japancompass.jp/2026/09/21/japan-compass050/
Japan Compass #061「国が『戦略技術』を選ぶ税制は、産業競争力につながるか」
https://japancompass.jp/2026/10/02/japan-compass061/
Japan Compass #065「大学の国際共同研究に、どこまで『研究セキュリティ』を求めるべきか」
https://japancompass.jp/2026/10/06/japan-compass065/
Japan Compass #083「大学の研究設備は、学外の研究者にも実際に使えるか」
https://japancompass.jp/2026/10/24/japan-compass-083/
Japan Compass #091「中小企業は、海外へ出る前に発明をどの国で守るべきか」
https://japancompass.jp/2026/11/01/japan-compass-091/
資料確認上の留意事項
本稿は、2026年11月7日時点で確認できる経済産業省、首相官邸、米国NIST、欧州委員会、ISOなどの公表資料に基づいています。
2025年6月に決定された新たな国際標準戦略と、日本型標準加速化モデル2025は既存の政府方針です。
2026年に発行された日本主導の国際規格については、規格の発行そのものが確認できる実績です。
しかし、規格が発行されたことと、その規格を利用した製品やサービスが実際に普及したことは区別しています。
また、国際規格を日本が主導して開発したからといって、その規格を利用するすべての経済的利益が日本企業へ帰属するわけではありません。
新市場創造型標準化制度、OCEANプロジェクト、国内認証機関の強化、国際標準化人材の育成などは既存制度・既存施策です。
Japan Compassが新しく創設した制度として扱っていません。
今回の独自提案は、既存の国際標準化政策について、規格制定前の目的、規格発行後の利用状況、適合性評価の実施能力、企業の知的財産と事業成果、公的支援の費用対効果を継続的に検証することです。
国際規格の発行によって日本企業の売上がどの程度増加したかについては、今回確認した一次資料から因果関係を示す十分なデータを得られなかったため、根拠のない推計値は示していません。

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